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タングステンとスウェーデン語の長母音 e の歴史的観点からの分類

1. タングステンの名の由来

 フィラメント(下画像の③)や合金で有名なタングステンは英語で tungsten と綴ります。これはスウェーデン語で『重い (tung) 石 (sten) 』の意味。スウェーデン語の発音では「トゥングステーン」が近いでしょうか。

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 そんなタングステンですが、スウェーデン語では volfram といいます。ドイツ語 Wolfram の借用で、元の Wolfram は元素記号 W の由来です。現代のスウェーデン語では w を用いることは少なく、ドイツ語の wv として反映されているわけです。実は vo- で始まるスウェーデン語の単語は必然的に少ないのですがそれについてはまた今度。

 では、なぜ英語のタングステンはスウェーデン語の tungsten を元にするのでしょう。タングステン酸カルシウムを含む鉱物である灰重石下画像)がかつてこう呼ばれていた(現在も廃用ではありませんが、 scheelit と呼ぶ方が多いのではないでしょうか)ようです。SAOBによると初出は 1758年です。タングステンそのものを指す用法(初出1815年)も記載されていますが、一般的ではないと思います。

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2. スウェーデン語の長母音 e の通時的分類

 さて、以上の内容は有名な話でして、聞いたことのある方も多いんじゃないかなと思います。これだけでは寂しいので、『石』を表わす単語 sten 、特に長母音 e について、他のゲルマン語との関係や歴史的発展について以下で紹介します。

 まず、石を他のゲルマン語で何というか確認しておきましょう。英語では stone (古英語 stān )、ドイツ語では Stein (古高ドイツ語 stein )、(現代/古)アイスランド語では steinn 、ゴート語では 𐍃𐍄𐌰𐌹𐌽𐍃 (転写: stains ) です。この中でゴート語は特に古い形を良く残しており、男性主格を表わす曲用語尾 -𐍃 が残ります。アイスランド語では語尾の n を二つ重ねている(語幹末子音 n への ʀ の同化によるものです)ところに痕跡が残りますが、西ゲルマン語の英語やドイツ語にはそのようなものは見られません。

 以下はスウェーデン語の長母音 e を二つに分類します。

2.1. ゲルマン祖語 *ai に由来するもの

 今回のトピックの sten 以外に hel <全体の>, ben <骨、脚>, egen <自身の> などがここに分類されます。 

 ここに分類される ē*ai が前舌化 fronting (*ai > ei) と単母音化 monophthongization (ei > ē) を経て生じました。

<ノルド語>
 ゲルマン祖語の *ai が前舌化して ei になり、アイスランド語ではこれが保たれていますが、スウェーデン語を含む東ノルド語では二重母音の単母音化(短ではない!)を経て現在の ē になっています。本来的な二重母音が存在しないのは東ノルド語の大きな特徴の一つです。

<ドイツ語>
 ゲルマン祖語の *ai がノルド語同様 ei になりました。この二重母音は r, w, h の前では ē に単母音化しましたが、それ以外では二重母音のまま保たれています。ただし、現在のドイツ語では綴りは -ei- ですが /aɪ̯/ と発音します。ちなみに中高ドイツ語期の ī (ゲルマン祖語 *ī 由来)も ei に変化して、その結果 *ai (中高ドイツ語 ei) 由来の ei と合流しています。

<英語>
 ゲルマン祖語の *ai は古英語で ā になり、これは中英語期に北部以外で円唇化して ǭ になり、さらに大母音推移 great vowel shift(とその前後の母音変化)を経て現在の発音になりました。綴りは中英語期のものが保たれています。

<ゴート語>
 ゲルマン祖語の *ai はゴート語で ai になりました。実際の音声的実現がどうだったかについては議論があるようですが、ここでは綴りが ai だったというだけで十分です。

以下、対照表を載せておきます。

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2.2. ゲルマン祖語 *i に由来するもの

 fred <平和>, bedja <懇願する>, veta <知っている> などが分類されます。

 ここに分類される ē*i が低舌化 lowering (i > e) と長母音化 lengthening (e > ē) を経て生じました。 *i は基本的に変化しにくく、現代語にもそのまま残っていることがままありますが、古スウェーデン語の後期に以下のような条件の下で変化しました。
 ※ただし、スウェーデン内でも地域差があり、 Sveamål について記述しています(近代以降のスウェーデン語は基本的に Sveamål に基づいています)

<低舌化> [2, §67]
 母音の後の子音が一つ以下で、さらに後続音節が i や j や u を含まないときに起きました。対照的に fisk <魚>, stigen <上る[の過去分詞]>, skilja <分離する>などはこの条件を満たしていませんから、 i を保ったままです。
 ※ stigen は古スウェーデン語では stighin (i は短母音) で、上の除外条件に該当します(のちに語末音節の弱化と強勢母音の延長を被りました)

<長母音化> [2, §78]
 k, p, t, s(, r) 以外の単子音の前で短母音が長母音化しました。一方で短母音に k, p, t, s(, r) が後続する場合は子音が二重になりました。vecka <週>, skepp <船>, hetta <熱> などと比べてみて下さい。

 ここで注意していただきたいのですが、vetat が後続しています。これが上の注意書きで「変化には地域差がある」とした所以です。 Sveamål では vetta になりますが、地域によっては veta となり、現代語にはこちらが生き残ったということになります。
 ※実際の所、不定詞だけでなく現在形からの類推も考えられるのでそう単純な話ではありませんが。

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 二つの対照表を見比べていただきたいのですが、スウェーデン語では同じ長母音の e でも他言語での reflex は語源によって違うということが分かるかと思います。

2.3 その他の由来の e について

 スウェーデン語の長母音の e は、上述の *ai, *i に由来するものだけではありません。他言語からの借用によるもの (brev <手紙>, regel <規則>)、一部の基礎的語彙 (tre <3>) などがあります。これらについて全て記述するのは難しいので、今回は主要であると思われる *ai, *i に由来するものに限定させてもらいました。語史を調べると面白いので興味のある方はこれらについても調べてみるとよいと思います。

 また、素直に考えるとゲルマン語の本来的な(*ē1) は長母音の e にならないの?という疑問が出てくると思います。

 実は*ē はノルド語では ā になり、その後は音環境によっては前舌化したりしますが、現代スウェーデン語では år <年> や låta <許す> 等の形で残り、長母音の e になることは基本的にありません。

まとめ

タングステンはスウェーデン語由来

・スウェーデン語の長い e には主に二種類ある

・一つはゲルマン語の *ai が前舌化と単母音化を経たもの

・もう一つはゲルマン語の *i が低舌化と長母音化を経たもの

姉妹言語の対応単語を知っていると見通しが良くなる

以上です!最初タングステンについてだけ紹介するつもりでしたが長くなってしまいました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

参考文献

[1] A Comparative Grammar of the Early Germanic Languages, R. D. Fulk

[2] Svensk Språkhistoria I. Ljudlära och Ordböjningslära, E. Wessén

[3] Svenska Akademiens Ordbok (SAOB)

[4] Gotische Grammatik, Braune / Ebbinghaus


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