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ヤクザと手を組むべきか?…アウトロー麻薬取締官が挑むノンストップミステリ #5 ヒートアップ
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ヤクザと手を組むべきか?…アウトロー麻薬取締官が挑むノンストップミステリ #5 ヒートアップ

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麻薬取締官・七尾究一郎は、製薬会社が極秘に開発した特殊薬物「ヒート」によって起こった抗争の捜査を進めていた。そんな折、殺人事件に使われた鉄パイプから、七尾の指紋が検出される。一体、誰が七尾をはめたのか……? 『さよならドビュッシー』などで知られる人気ミステリ作家、中山七里さんの『ヒートアップ』は、最後のどんでん返しまで目が離せないノンストップアクションミステリ。前作『魔女は甦る』とあわせてじっくり読みたい本書より、一部をご紹介します。

*  *  *

待ち合わせ場所に現れた男はどこから見ても普通の中年サラリーマンだったが、差し出された名刺には真逆の肩書が刷られていた。

宏龍会渉外委員長 山崎岳海

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宏龍会は首都圏を根城とする広域指定暴力団だ。そして渉外委員長といえば抗争中の組織との交渉役を意味する。当然その役職には組のナンバー3あたりが任命されると聞いているが――。

七尾の正面に座る山崎にヤクザ者の印象は欠片も窺えない。歳は三十代後半で中肉中背、白いシャツに地味なネクタイをきちんと締め、コーヒーを静かに啜っている。丸みを帯びた顔は、笑えばずいぶん人懐っこく見えるだろう。髪の薄くなり始めた頭頂部もご愛嬌だ。

「この名刺、本物ですか」と、思わず訊いた。

「部外者にはよく言われますがね。本物ですよ。まあ今日び、ヤクザでございますなんてご面相や身なりじゃ仕事がしにくくって。お上からも、やれ代紋外せバッジつけるなとうるさいし」

七尾は山崎の目を見た。穏やかで光の乏しい瞳。だが、相対していると奥に熾火のように暗い光源があるのが分かる。少なくとも、くたびれたサラリーマンの目ではない。

「ヒートについて相談したいということですが、その前に訊いておきたいな。どうしてわたしの名前をご存じなのですか。誰から聞きましたか」

山崎の顔には何の動揺もない。

「警察も麻取の皆さんも情報収集のプロだろうけど、自分のことについてはあまりご存じじゃないようで。麻取の七尾さんってのはあたしらの世界じゃ有名人なんですよ。だから名指しで連絡した訳で」

「……光栄なことで」

「ウチに限らず、どこの組でもシャブの売り上げは収入源の一つだから、当然取り締まる側の情報を集める。七尾さんの動向は逐一チェックされてますよ。今日、渋谷署に出向いたのは相庭の小僧に会いに行ったんでしょ。相庭が例のグラサンからヒートを買って騒ぎを起こしたのは知ってましたから、ああ七尾さんがヒートを追っているんだな、と」

「大した情報網だ」

「そりゃあ人数が違いますもの。関東信越地区の麻取は全員集めても四十六人。こっちは準構成員だけでその十倍、しかも真っ当な人間なら絶対に歩かないような道でネタを仕入れてる。ネタの多さと正確さが評価の全てだから、一日幾らの公務員さんの頑張り方とはひと味もふた味も違う」

「そうか。わたしを追ってたんじゃなく、ヒートを追っていたんだな」

「ご明察で」

「やっと本題に入れる訳だ。話の流れだと宏龍会もヒートには関心があるようだけど、ヤクのメニューを充実させようとでもしているのかな」

「やっぱり、そう考えますか。まあ、最近は若いのも鉄砲玉になりたがらないヤツがほとんどだから、大掛かりな抗争があればヒートの需要もあるでしょうけど……その用途はしばらくないでしょうね」

「どうして」

「もう、組同士が出入りだチャカだと騒ぐ時代じゃないんですよ。これだけ対暴力団の法律が厳罰化されたら、戦に勝っても負けても割に合わない。抗争の度に締め付けがキツくなっていきますしね。兵隊も無駄に消費できない。今は、多少いがみ合っても共存共栄の道を探っていこうって風潮です。だから抗争事件は発生しにくい。ヒートの需要もない」

「じゃあ、何故ヒートを追っているんですか」

「七尾さんたちと同じ目的ですよ。ヒートを市場から排除し且つ売人を確保すること」

「何だって」

「実際、ヒートの存在は迷惑なんですよ」

山崎はカップの底に残ったコーヒーを啜ると、ひどく不味そうに顔を顰めた。

「理由は二つ。まず、先ほど極道同士はもう戦争しないと説明しましたが、外国人は別です。今年に入ってから中国人がヒートの売人を捜しているという情報が飛び込んできました」

「チャイニーズ・マフィア、か」

「あいつらには協定も仁義も通用しない。もしあいつらがヒートを入手したら、まず間違いなくウチにヒートをキめた鉄砲玉を送り込むでしょう。新宿でもあいつらとは相当やらかしましたからね。そうなれば、さすがに面子と覇権をかけて大戦争です。ヒト、モノ、カネ、全てが湯水のように消費される」

「だから相手が入手する前に先手を打つ、か。じゃあ、もう一つは?」

「ヒートが介在する暴力事件は結構多くて、中には警察が掴みきれてないものもある。これも新聞沙汰にはならなかったけど、ヒートで理性の吹っ飛んだ子供が街の不良どもを半殺しにした事件があって、その中の一人がウチのオヤジの末子だった。と、なると後の展開は理解してもらえるでしょう」

「ええ、理解しました。だがわたしに宏龍会の事情を説明した理由がまだ分からない」

「先ほど説明した通り、あたしらの情報網は自慢できる。ただ、あいつらは情報屋に特化しているし結局は訓練された集団じゃないから、買い付けた子供たちや売人を追跡したり確保するのは難しい。今までだって何度も失敗した。一方、麻取さんは少数で当然カタギの人たちだから情報量は少ない。しかし協力体制の整った警察と合わせると機動力は抜群だ。それに科学捜査という、あたしたちには手も足も出ない知識と技術もある」

「まさか」

「お察しがいい。七尾さん。ヒート売人の捜索について、あたしと手を組みませんか?」

七尾はしばらく値踏みをするように山崎を見た。

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「それ、本気で言ってるんですか」

「ヤクザが麻取さん相手に、こんな冗談言えますかね」

「冗談にしたってタチが悪い。そんな話、聞いたら大抵の人間は笑い出す」

「グッド・アイデアというのは、最初に聞いた時には大抵笑い話ですよ。誰も考えつかないし、考えても実現不能で済ませちゃいますから」

「当然でしょう。普段は敵同士なのだから」

「だが呉越同舟って言葉もある。政治の世界だって連立政権てのがあるじゃないですか。賢い人というのは大同の前には小異を捨てるものですよ」

「こんなもの、小異とは言わない」

「大同であることは間違いないでしょう。取り締まる七尾さんの側にしたってヒートが出回る可能性と現状維持を比較すれば答えは明らかだ。普通のヤクは本人を蝕むだけだが、ヒートは大勢の人を巻き添えにする。まあ、兵器として開発されたクスリなんだから、それは当たり前なんでしょうが」

「ちょっと待った。そちらはヒートについてどこまで知っていますか?」

「ドイツの製薬会社、スタンバーグ社が局地戦用に作ったモノでしょ。売人が仙道寛人という男だと分かれば、後は早かったですね。渋谷の子供たちを実験台に改良を進めていたけど、その中の特別仕様だったヤツが強力な代物だったせいで都内でえらく派手な事件が起きた……入手している情報は、まあこの程度です」

七尾は舌を巻いた。内容は七尾たち麻薬取締部が把握しているものと大差ない。そればかりか、山崎の余裕ありげな表情を見ていると叩けばもっと詳細な情報が出てきそうな気がする。宏龍会の情報網がなかなか侮れないのは事実のようだ。

しかし、だからといってこんな話に迂闊に乗っていいはずはない。

「その馬鹿げた話、宏龍会では公認なんですか」

「公認も何も、オヤジの要請を受けて渉外委員長のあたしが直接お会いしてるんですから。その辺りは信用して欲しいものです」

ヤクザの口から信用という言葉を聞くのは妙な気分だった。

「興味深い申し出ではありますね。しかし、やはりわたしの組織と山崎さんの組織が相互協力するというのは無理がある。この一件が癒着の根源にならないとも限らない」

「警察とあたしたちが、ある部分では密接な関係にあることはご存じでしょう。ヤクザの世界にはヤクザしか知り得ない情報がある」

蛇の道は蛇か、と七尾は内心で呟く。

「善良な市民の生命と財産を護るため、お巡りさんはガサ入れの情報と引き換えにもっと重要な情報を手に入れる。風俗やら遊技場やらの秩序を守るために奔走された方は、あたしたちの用意したポストに天下っていただく。それは癒着と言いません。取引と言います」

程度の違いはあるが、麻取も街から情報をすくい上げる時には売人やヤクザを使うことがある。だが、山崎の話すような交換条件がある訳ではない。いや、少なくとも七尾自身はそういう取引をしたことがなかった。

「警察がそうだからといって、麻取がそうだとは限らないですよ」

「同じ公務員でしょう。お仲間の多くは大抵、退職後の安定を欲しているはずです。だから、この職に就かれたのじゃないんですか」

公務員を愚弄する響きは、どこか民間のサラリーマンを彷彿させる。喋っている山崎がそういう風体だから尚更だ。不景気になると公務員は誰からでもやっかまれるようだ、と七尾は苦笑する。

「会長のお子さんがヒートの巻き添えを食ったことには同情しますが、わたしたちは私怨では動かない。折角の申し出ですが、この話はなかったことにしましょう」

コーヒーに口を付けることもないまま、七尾は腰を浮かせた。

山崎は相変わらず涼しい顔で七尾を見ている。

「分かりました。どうもご足労をおかけしまして」

「意外にあっさりですね。やはり冷やかしでしたか」

「いいええ。藪から棒にこんな話を持ち出されたら誰だって面食らいますよ。いったん断られるのは織り込み済みです。それが真っ当なお役人さんです。逆に最初から飛びつくような方だったら、あたしの方で躊躇したでしょうな」

「何度、同じ話をしても一緒ですよ」

「いや、いずれあなたはもう一度、あたしの対面に座ってグラスをかちんと鳴らすことになります」

「ずいぶんと自信たっぷりのようですが?」

「あたしの唯一の取り得は人を見ることでしてね。強面も腕っぷしもない人間がこの世界で生きていくためには、こういう才能が必要になってくるんです。あなたを見ていたら、ある人を不意に思い出した。警察庁生活安全局の宮條貢平って刑事さんでした」

七尾はその名前を聞いて立ち止まった。

「ばりばりのキャリア組だってのに、先頭きって現場に現れ、鬼神のように暴れ回る。警察じゃあ禁止されてるはずのおとり捜査もお構いなし、事件一つ立件させるためなら排水口にだって鼻を突っ込んでみせた。七尾さんはその宮條って人と同じ目をしているんですよ」

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