「親指さがしって知ってる?」…呪いと恐怖のノンストップ・ホラー! #3 親指さがし
「ねえ、親指さがしって知ってる?」由美が聞きつけてきた噂話をもとに、武たち5人の小学生が遊び半分で始めた死のゲーム。しかし、終わって目を開くと、そこに由美の姿はなかった。それから7年。過去を清算するため、そして事件の真相を求めて、武たちは再び「親指さがし」を行うが……。
三宅健さん主演で映画化もされた、『リアル鬼ごっこ』に次ぐ山田悠介さんの初期代表作『親指さがし』。ホラー好きなら絶対押さえておきたい本作の中身を、少しだけお見せします。
* * *
「本当にもう、七年が経つのね」
厚子がポツリとこぼした。
「そうですね」
重たい口調で武は返す。
「この七年間、色々なことがあったわ」
厚子はいささか疲れたように言った。由美がいなくなり、両親は由美のために必死になって動いた。ポスターを貼ったり駅前でチラシを配ったりと、それを毎日のように繰り返した。だが由美は一向に見つからなかった。テレビ局にだって何度も足を運んでいる。そのことを思い出しているのだろう。
「武君にもお礼を言わないとね。ありがとうね」
「とんでもないです。お礼なんて」
厚子は懐かしむように言う。
「武君が一番心配してくれたものね。一番仲が良かったのも武君だったんじゃないかしら」
確かにそうだった。高田知恵と同じくらいに由美とは仲が良かった。密かに二人で遊んだこともあった。
「小さい頃はよく家に遊びに来てくれたわね」
武は当時を思い出して、優しく微笑んだ。
「そうでしたね」
「みんなでゲームをしたり」
「色々なことをしてここで遊びました」
「懐かしいわ。本当に。みんな仲が良かったものね」
「そうですね」
そこで一旦会話が途切れ、重い空気に包まれた。武は沈黙を破ることができなかった。
「あの子、どこへ消えちゃったのかしら。もしかしたら……もう」
「そんなことないですよ。絶対に」
武の言葉に驚いたような顔を見せた厚子は、優しく微笑んだ。
「そうよね。私がそんなことを言っちゃだめよね」
「そうですよ。きっと今だってどこかに」
厚子は無言で何度か頷き、こう言った。
「そうね。あの子は生きているわ」
自分自身に強引に言い聞かせる、そんな口調だった。
厚子はジュースを飲み干した武を由美の部屋に連れていった。
「ここも久しぶりでしょ」
扉を開きながら厚子が言った。
「そうですね」
部屋の中は何も変わっていなかった。ピンク色の壁紙に、アニメのポスター。ぬいぐるみの配置。机の上だって何もいじられてはいないようだ。
「ずっとこのままよ。あの子がいつ帰ってきてもいいように」
「帰ってきますよ。きっと」
「武君」
「はい?」
「まだ、あれを大切に持ってくれている?」
言われるまでもなかった。ビーズの指輪である。由美がいなくなった当時、武は指輪を厚子に見せていた。あれからもう七年。
「もちろんです。今も」
武はビーズの指輪を取り出し、厚子に見せた。
「大切にしてあげてね」
「はい」
武は強く頷いた。
それからは励ますことしかできなかった。同情ではない。むしろあるのは罪悪感だった。由美がどうして突然消えてしまったのかを、厚子は知らないのだ。由美が消えた七年前の今日、武たちは口裏を合わせた。
『かくれんぼをして遊んでいたら、突然由美ちゃんがいなくなっちゃって』
4
由美の家を後にした武は、再び西田小学校までの道を歩いていた。まだ家に帰るつもりはなかった。寄りたい場所があったのだ。それは由美が突然消えた場所。通学路の途中にある五階建てのマンションだ。そこで由美は忽然と姿を消した。
武はパークタウンという五階建てのマンションの入り口で足を止めた。オートロック式ではないので簡単に入ることができる。ただ管理人がいると厄介なのだ。
管理人室を覗いてみたが誰もいないようだった。部屋の明かりも消えている。どうやらすでに業務は終了しているらしい。武はまるでマンションの住人のように堂々とエレベーターのボタンを押した。苛々するほどゆっくりと、エレベーターの扉は開いた。
扉が閉まってから、武は5のボタンを押した。エレベーターは不気味なモーター音とともに上がっていく。天井の前方右角には鏡が取りつけられている。その鏡で後ろを確認することができるのだが、武は妙に鏡が気になった。自分の姿を確認するのではなく、ちらちらと背後を確認する。当然後ろには誰もいない。いるはずがない。視線を落とし、ため息をつく。そして武はもう一度鏡を確認してみた。
ハッとなる。
暗い表情をした由美の顔が、自分を見つめている。武は驚いて後ろを振り返る。だが、そこには誰もいなかった。武はホッと息をつき、五階に到着するまで階表示を見つめていた。親指さがしという体験をして以来、狭い空間にいると、妙に後ろの気配を意識してしまう。気になって仕方がないのだ。
五階でエレベーターの扉が開いた。息苦しい空間から解き放たれる。ゆっくりと廊下に出て、誰かに見られていないかを確認する。大丈夫。誰もいない。
エレベーターのすぐ隣に階段がある。屋上に通じるこの階段は、上がれないように柵のような扉が取りつけられ、鍵がかけられている。立ち入り禁止なのだ。しかし、よじのぼってしまえば簡単に乗り越えられるので、武は急いで柵に足をかけた。乗り越える時にがしゃんがしゃんと柵が揺れる。この時が一番緊張するのだ。
誰にも見られることなく、武は柵を乗り越え、屋上に向かった。昔、来た時と同じく屋上には誰もいなかった。屋上からは景色が一望できた。マンション。ビル。車。人。人。人。家路を急ぐ人たちが小さく見えた。
突然、風が強く吹いて、武は髪をかきあげた。
由美がここからいなくなる少し前のことだ。景色が綺麗だからと、武たち五人はこの屋上を見つけ、何度も忍び込んで、スリルを楽しんだ。管理人に見つかったこともあった。そして言うまでもなく危険だからと怒られたが、誰も反省しなかった。また見つかるかもしれないというそのスリルを味わうのが楽しみだったのだ。
それからも武たちはこの屋上に何度も忍び込んだ。だがそんなある日のことだった。由美が突然妙なことを言いだしたのだ。武は目を閉じて、当時の会話を思い出してみた。
『親指さがしって知ってる?』
あのゲーム知ってる? まるでそんな言い方だった。
武は当時のことを思い出す。
「親指さがし? 何それ?」
知恵が代表してそう訊いた。もちろん武も全く知らなかった。真剣な表情で由美が答える。
「私も噂で聞いたんだ。あのね、ある日別荘にいた女の人がバラバラにされて殺されたんだって。バラバラにされた部分はしばらく探しているうちに見つかったんだけど、左手の親指だけがどうしても見つからなくってね、それを探してあげるんだって」
「何だか怖いよ」
怯えながら知恵が言う。
「でもどうやって探しに行くんだよ。そんな親指なんてさ」
智彦が由美に訊く。すると由美はあっさりと答えた。
「幽体離脱だよ」
「ユウタイリダツ?」
信久が復唱する。
「そう。幽体離脱。知ってるでしょ?」
「それは、知ってるけど……」
知恵は語尾を濁しながら怯えていた。
「でもどうやってユウタイリダツなんてできるんだよ」
智彦が訊く。
「簡単なんだ。あのね、私たちが円になって地面に座るの。それでね、右隣の人の親指を右手で覆い隠してあげるの。そうしないと、目が覚めた時に私たちの親指が切られているんだって」
「よく意味が分かんねえよ」
信久の声。
「だから」
そう言いながら、由美は信久の左手の親指を自らの右手で覆い隠してやった。
「こういう要領で、私たちは円になる」
「嘘でしょ? やだよ」
知恵が怯えた声を出す。
「それで?」
智彦が続きを迫る。
「それでね、目をつぶって、その女の人の想像をするの」
「想像って何だよ」
意味が分からないというように信久が訊くと、由美は簡単に答えた。
「殺される瞬間の想像だって。別荘でバラバラにされてしまう想像。自分がその女の人の気持ちになるんだって」
「気持ち悪いなあ。嘘でしょ?」
あの時、武もただの作り話と馬鹿にしていた。そんなことはありえない。しかし、
「それなら、やってみようよ」
この由美の挑戦的な言葉で、興味本位から恐怖へ変わったのは確かだった。
「よし、それじゃあやってみよう」
言ったのは智彦だった。やっぱりやめようと、智彦はそう言えなかったのだろう。強気でやんちゃな性格だから、怖じ気づいた態度は見せたくなかったのだろう。まだあの時は幼かったから、怖じ気づくのが格好悪かった。
「よ、よし、やろうぜ」
信久が続く。
「ちょっと! 本当にやるの?」
武は知恵にやめるよう同意を求められた。
「やってみよう。大丈夫だよ」
軽い気持ちだった。馬鹿馬鹿しいとさえ思っていた。一応全員の意見が一致したところで、間もなく親指さがしが始まったのだ。
「それじゃあ、みんな円になって座って」
由美が言う。
緊迫した雰囲気に包まれる中、五人が円になってあぐらをかいた。コンクリートの冷たさがヒンヤリと伝わってきた。
「そうだ。一つ言い忘れた」
突然由美が言う。
「何よ」
怯えた口調で知恵が訊く。
「あのね、別荘に着いたらロウソクが一本立てられているんだって。それを吹き消すと戻ってこられるらしいんだ。それとね」
それとね。妙に気になった。
「まだあるの?」
「親指を探している最中に後ろから肩をポン、ポンと二回叩かれるらしいんだけど、絶対に振り向いちゃだめなんだって。いい? 絶対だよ」
「それって、誰に叩かれるんだよ」
智彦が由美に言う。
「決まってるじゃん。バラバラにされた女の人だよ」
「もし振り向いたら?」
知恵が唾をゴクリと飲み込んだ。由美がぼそっと小さく答えた。
「もう、二度と生きて帰ってこられないんだって。そのまま死んじゃうんだって。だから、いい? 絶対に振り向いちゃだめだよ?」
完全に肝だめしだった。ここまできたら、誰も嫌とは言えなかった。
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