ロン毛、茶髪だった長谷部誠が我に返った恩師のひと言 #5 心を整える。
ワールドカップ日本代表をつとめ、現在はドイツのアイントラハト・フランクフルトで活躍する長谷部誠選手。東日本大震災直後に刊行し、多くの読者に勇気を与えた著書『心を整える。』は、150万部突破のベストセラーとなりました。あれから10年、私たちの社会はふたたび大きな困難に直面しています。だからこそ今、読み返したい本書。中身をほんの少しご紹介します。
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自信のなさをごまかしていた
「何だよ、その髪型は?」
あるとき、服部康雄先生(元・藤枝東高校サッカー部監督)に久しぶりに再会したときに苦笑いを浮かべながら、こう声をかけられた。
当時、僕は生涯初めての『ロン毛で茶パツ』だった。
ちょうどその頃は浦和レッズでレギュラーに定着して、プロとしての手応えを得始めた時期だった。今思い返せば週末に夜遊びをしていた時期と重なっている。特に茶パツへの憧れもなく、髪を染めたことに大した理由はなかった。心のどこかでカッコ良く見せようとか、女性ファンに注目されたいとか、自信のなさをヘアスタイルでごまかそうとしていたのかもしれないが。
当時はそういう自分の弱さや甘さに気づかず、プレーもうまくいっていたし、みんなで遊びに行くことも楽しかったので茶パツにすることにも何の疑問も抵抗もなかった。まわりの若手選手も、いろいろな髪型をしていたし、むしろ人に見られるプロなんだし、若いのだから髪の色で目立つのもありだ、という思いもあったくらいだ。
ただ冒頭の一言で僕は我にかえった。服部先生が心底がっかりしているのが伝わってきた。
高校時代、服部先生は常に清潔な身だしなみを生徒に求めていて、ヒゲがちょっとでも伸びていたり、髪の毛が耳にかかるだけでも嫌がっていた。それが教え子に久しぶりに会ったら、茶パツになっていたのだから、「高校時代の教えは何だったんだ」と失望しないわけがない。僕は先生の願いや教えを踏みにじったようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
すぐに美容院に行った。長かった髪をばっさりと切り落とし、色を黒に戻した。見た目は当然地味になったけれど、この髪型が自分には合っていると思った。
外見は自分だけのものではない
少し経ってから服部先生から電話がかかってきた。
「今の髪型いいじゃないか!」
先生の嬉しそうな声を聞いたとき、自分の選択は間違っていなかったと嬉しくなった。
以来、基本的に僕は短髪にすることを心がけている。いや心がけているというよりは、むしろ伸びてくるとうっとうしくなるくらいだ。
プロサッカー選手にとって、外見はアピールポイントのひとつかもしれない。他にも眉毛を整えたり、ピアスをしたり、タトゥーを入れたりすれば、一見「カッコいいサッカー選手」にはなれる。子どもたちやサポーター、そして女性に支持してもらうためにも、外見は重要なのかもしれない。
また、カメラマンの人によると、ロングヘアだと写真を撮ったときに躍動感があるという話も聞いたことがある。確かに元オランダ代表のダービッツの写真は独特のドレッドヘアが揺れて、カッコいいなぁと思ったこともある。
ヘアスタイルに正解はないし、それぞれの考え方によって、ピッチ上ではいろんな髪型があっていい。みんな一緒ではつまらないし、もちろん金髪もありだ(笑)。
ただ僕はとても不器用だ。サッカーとは直接関係ない装飾によって、余計な自意識が芽生えてしまい、心が寄り道をしてしまう気がするのだ。なんてことはない、今はもう面倒くさいというのもあるし、もともと和顔なので黒髪が一番似合うというのがあるのだけれど……。
自分のルックスをアピールすることよりも、まず周囲にいる身近な人たちがどんな思いで見ているか、ということの方を大切にしたい。なぜなら、きちんとしていることで嫌な気分になる人は誰もいないのだから。
僕にとって、外見は自分だけのものではないし、外見でアピールする必要もない。存在はピッチでアピールするだけだ。
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