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今も由美は生きているのか?…呪いと恐怖のノンストップ・ホラー! #1 親指さがし

「ねえ、親指さがしって知ってる?」由美が聞きつけてきた噂話をもとに、武たち5人の小学生が遊び半分で始めた死のゲーム。しかし、終わって目を開くと、そこに由美の姿はなかった。それから7年。過去を清算するため、そして事件の真相を求めて、武たちは再び「親指さがし」を行うが……。

三宅健さん主演で映画化もされた、『リアル鬼ごっこ』に次ぐ山田悠介さんの初期代表作『親指さがし』。ホラー好きなら絶対押さえておきたい本作の中身を、少しだけお見せします。

*  *  *

封印

1


「私、小さい頃から霊感がものすごく強くて、何度も霊を見たことがあるんです」
 
画面の中で無邪気に話す人気女性タレントの言葉に、武は興味を示した。ゆっくりと起き上がり、ベッドの上であぐらをかいた。

「本当ですか?」
 
司会者がわざとらしくタレントにそう尋ねる。
 
「ええ、一番最初に見たのは小学校三年生の頃でしょうか。突然、夜中に目が覚めたんです。そうしたら自分の足下に、死んだはずのおじいちゃんが立っていたんです。何か喋りかけている気がしたんですけど、何を言っているのかは分かりませんでした。おじいちゃん? って私が問いかけると、フワッとおじいちゃんは消えてしまいました」
 
「怖くありませんでした?」
 
司会者が興味深そうに尋ねた。女性タレントは首を横に振った。
 
「全然怖くなかったです。むしろ嬉しかったです。私、おじいちゃん子でしたから」
 
「でも僕だったらビックリしちゃうな。死んだはずの人間が立っていたら」
 
司会者のオーバーリアクション。女性タレントはクスクスと笑いながら、そうですよね、と言葉を返す。
 
「でも、なぜか私の見る霊は怖くないんです。金縛りに遭った時にも、小さな妖精が私の目の前を駆け回っていたり。あれは意味が分からなかったなあ」
 
「それは分からないよね」
 
司会者は笑みを浮かべる。
 
「それと私、一度だけ幽体離脱を体験しているんです」
 
「ユウタイリダツ?」
 
武は敏感に反応し、さらにテレビに釘付けとなった。
 
「先生。ユウタイリダツというのは?」
 
司会者が霊能者の方を向いてそう訊いた。
 
体中に様々な数珠をつけた霊能者が口を開いた。
 
「簡単に説明すると、自分の体から魂だけが抜け出してしまうと言ったら分かりやすいでしょうかね。その魂は自由自在に動き回ることができる。それが、幽体離脱というものです。それは夢なんだと言う人もいるようですが、私はそうだとは思いません」
 
司会者はなるほどなるほどと頷いた。
 
「本当にそんな体験を?」
 
女性タレントに再び体を向ける。
 
「はい、本当なんです。その時も突然、夜中に目が覚めたんです。でも驚いたことに、眠っている自分が見えるんです。その時は怖くなりました。自分が浮いているんです」
 
「それでそれで?」
 
「ふわふわと飛んでいる自分に嬉しくなって、私は家から外に出て色々なところを飛んで回ったんですけど、突然、帰らないといけない、という危機的な考えがよぎって自分の体に戻りました。気がつくと朝を迎えていたんです」
 
それを聞いた司会者は、渋い表情を浮かべて腕を組んだ。なるほどねえと頷き、
 
「僕には想像がつかないな。一度もそういう体験はないですからね。でも小さい頃に、怖い話や噂話で盛り上がった記憶はありますね。自分たちで怖い噂話を作ったこともあったなあ」
 
噂話……。
 
武は反射的にテレビの電源を消していた。静寂が訪れた。一つ息を吐いて、ベッドから立ち上がり、武は勉強机の前に座った。
 
机の上は散らかっていた。ノートパソコン。マンガ。大学の教材。小銭とコンビニのレシート。サングラス。輪ゴム。消しゴムも転がっている。しかし、どれだけ散乱していようと、あるものだけは大切にしまってある。あれからもう七年が経つのだ。
 
武は棚に置いてある小学校の卒業文集に手を伸ばした。ページをめくってみる。
 
『僕の夢』六年三組。沢武。
 
僕は将来、世界一のコックになりたい。なぜそう思うのかというと、たまたまテレビを見ていた時、あるコックさんがすごくおいしそうな料理を作っていたからです。それをお客さんたちに出していました。それを食べたお客さんはすごくおいしいと満足そうな顔をしていました。それを見た時、僕もおいしい料理を作ってみたいなと思いました。将来は外国へ修業に行って、自分のお店を開き、おいしい料理を作って、食べに来てくれたお客さんにおいしいと言われるようになりたいです。だからこれからいっぱい料理の勉強をしたいと思っています。
 
自分の文集を読み終えた武は微笑んでいた。今はそんなこと、考えてもいない。包丁すら使えないし、興味もない。あの時、たまたまコックになりたいと思っていただけなのだ。コックになりたいと書いた自分がおかしかった。大抵はそうだ。小さな頃の夢を叶えた人間などあまりいない。将来のことなんか分からない。今は夢を抱くこともなく、平凡な生活を送っている。いや、違う。何かを考える時、将来を考える時、必ず由美のことが頭をよぎってしまう。過去を引きずっている。武は罪悪感というものをずっと背負っていた。

『六年間の思い出と私の夢』六年三組。田所由美。
 
私はこの六年間で色々な友達ができました。特に仲良くなったのは六年生の時に一緒だった沢君と知恵ちゃんと五十嵐君と吉田君の四人です。修学旅行の班も一緒でした。放課後は五人で遊ぶことが多かったです。私の家に集まってテレビゲームをしたり、トランプをしたり、公園でかくれんぼをしたりしてすごく楽しかったです。
 
知恵ちゃんとビーズでアクセサリーを作ったこともありました。大人になるまで切れなければ、何でも願いごとが叶う指輪を作ったこともありました。ずっと大切にしようと思います。
 
それと私は学校の先生になりたいと思っています。できれば小学校の先生になりたいです。担任の板垣先生のような明るくて優しい先生になりたいです。だから中学に入ったらいっぱい勉強をして先生になれるように努力したいです。
 
武は静かに文集を閉じた。もしあの時、自分たちがあんなことをしなければ、由美は学校の先生になるために今も努力していたかもしれないし、教師とは関係なく、違う目標に向かっていたかもしれない。どちらにせよ、由美はもういない。あの時、あの瞬間から由美の夢は叶えられなくなったのだ。
 
『親指さがし』
 
あの時、あんなことをしなければ。

2


トンネルに入ると、車内に差し込んでいた太陽の光が一気に遮断された。
 
夕方四時。武は電車に揺られていた。ガタ、ゴト、ガタ、ゴトと一定のリズムで電車は進んでいく。
 
三月二十五日。大学はもうとっくに春休みに入っている。武は大学の友人である土谷裕樹とつい先ほどまで一緒にいた。突然電話がかかってきたかと思えば、そろそろ車を買うから一緒に見に行こう、つき合ってくれ、という誘いだった。バイトも入ってはおらず、何もすることがなかった武は裕樹につき合うことにした。おかげで朝からふりまわされていたというわけだ。
 
この日は武にとって忘れられない日であった。いや、忘れてはいけない日。由美が突然いなくなってちょうど七年が経つのだ。あっという間の七年間。武は今年二十歳になる。
 
今も由美は生きているのか。
 
生きていてほしいという願い。だが諦めの気持ちがないといったら嘘になる。この七年間、由美に関する情報が、一つもなかったのだから。
 
もう自分は大人になってしまう。そんなことを考えながら裕樹とのやりとりを思い出していた。
 
結局、裕樹の気に入った車は見つからなかった。駅までの帰り道、裕樹は車の話ばかりをし続けた。
 
「もう後は技能試験だけだから、免許取ってすぐ乗れるように、早く車買わないとな」
 
妙にテンションが高く、普段でさえお喋り好きの裕樹を相手にするのは疲れるものがあった。
 
裕樹とは同じ文学部で、授業で隣り合わせに座ったのがきっかけで少しずつ親しくなり、今では休日に会うほどである。
 
「おい、武」
 
武はハッと我に返った。七年前のことを思い出していたのだ。
 
「ああ、悪い。それで何だっけ?」
 
裕樹は苛ついたようにチッと舌打ちをした。
 
「だから、学科試験は難しかったかって」
 
武は高校卒業と同時に車の免許を取っている。学科も技能も全てスムーズに進んだ。一応は先輩だ。
 
「ああ、まあな。そこそこ頑張らないと合格しないよ」
 
「そんなことは分かってるよ。ちょっとさ、俺に問題出してみてくれない?」
 
「問題なんて憶えてねえよ。俺だって、今やっても合格しないよ。多分ね」
 
「それならさ、お前流の問題でいいよ。ちょっと出してみてくれよ」
 
「俺流って言われてもな……」
 
武は首を傾げた。
 
「何だよ。使えねーな。ま、いいや。試験当日になれば何とかなるだろうし」
 
相変わらず裕樹は能天気だった。それからもペチャクチャと、お喋りな女のように言葉を重ねていく。
 
「なあ」
 
裕樹の言葉を遮り、武は口を開いた。
 
「うん? どうした。急に深刻になって」
 
無意識のうちにあのことを話そうとしている自分に気がついた。
 
「ごめん。何でもない」
 
裕樹は焦れたように返してくる。
 
「何だよ。気になるだろ。言えよ」
 
「いや、本当に何でもないからさ」
 
「いいから言ってみろって」
 
こうなると裕樹はしつこかった。言うまで解放してくれないようなので、仕方なく、あくまでも噂話として武は話をしたのだ。
 
「ただの噂話なんだけどさ」
 
裕樹は、ああと頷く。
 
「ただ急に思い出しただけなんだけど」
 
「だから何だよ」
 
「俺たちが小学生くらいの時にさ、親指さがしっていう噂話聞いたことあるか?」
 
武はとうとう封印を破ってしまった。
 
「親指さがし? 何だよそれ」
 
裕樹は気味悪そうに顔を顰める。武はうまくごまかした。
 
「いや、俺もただ聞いただけなんだ。急に気になっちゃってさ」
 
「ふーん。でも本当に知らないよ」
 
「そ、そうだよな」
 
作った笑みで取り繕うと、再び裕樹の車の話が始まった。もうその話題の方が気が楽だった。

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親指さがし


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