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冒険者をクビになった元経営コンサルタント…ビジネスハウツー満載の異色ファンタジーノベル #1 異世界コンサル株式会社

突然、異世界に転移した経営コンサルタントのケンジ。チートもなく、魔術も使えないケンジは、所属していたパーティーをクビになってしまう。やむなく「冒険者サポート業」への転職を決意したケンジは、現世での経験を活かし、まわりのパーティーの問題を次々と解決。頭角を現していくが……。

ウェブ小説投稿サイト「小説家になろう」で、部門別ランキング第1位に輝いた異色のビジネス・ファンタジーノベル、『異世界コンサル株式会社』。楽しく読めて、しかもためになる。そんな本書から、冒頭部分をお楽しみください。

*  *  *

(1) 素人冒険者への、お買い物指南


俺は冒険者をクビになった、元経営コンサルタント


「さて、どうすっかな」
 
拠点にしていた宿屋の1階で、冷めたパンをかじり無精髭を撫でながら独白する。

それにしても腹が立つ。昨日、これまで仲間として一緒にやっていた奴からかけられた言葉が頭から離れない。
 
「もう、冒険者辞めた方がいいんじゃないですか」
 
それは、事実上の解雇の宣告だった。
 
5年前、通勤途中に転移して、特にチートもなく、縁故もなく、仕方なく始めた冒険者稼業。
 
魔術の素質はなかったし、教育を受ける金銭もなかった。
 
剣道は子供の頃からやっていたので、それは結構、役に立った。
 
こちらの連中で、剣士になるのは、ほとんどが農民あがりで、足捌き一つ知らない。俺は両手で剣を扱う少し変わり者の剣士として、そこそこやっていくことができた。まあ、騎士になるような連中には、まるで敵わなかったわけだが。
 
中堅ぐらいになり、小金は貯まったけれど30歳近くになって体力に陰りを自覚し始めた頃に、依頼中に膝に大きな怪我をした。治癒魔術である程度は治ったが、強く踏み込んだり全力で走ったりはできなくなり、そろそろ引き際かもな、と自分で思っていた矢先に、仲間から解雇を宣告されたのだ。
 
つまり、冒険者を解雇になった、30手前の、転移者。それが俺、ケンジだ。
 
立ち止まっていたら、たちまち飯の食い上げだ。
 
「ねえ、そんであんた、これからどうすんの?」と覗き込むように声をかけてくるのは弓兵のサラだ。
 
2年前にパーティーに加わったこの赤毛女は、なにかと俺に付きまとってくる。
 
20歳は過ぎていると思うのだが、森の民の血が混じっているらしく、年齢不詳に見える。本人に年齢を聞いても「ないしょ」と言うので、それ以上は触れていない。
 
心配してくれている、というのとは、ちょっと違うかもしれない。なんというか、世間ずれしてないというか、文化が違うのか。思ったことを、そのまま言葉にする性質なのだ。
 
「あんたがいなくなると困るのよね。鏃、あんたが買ってくれないと高いんだもの」
 
「うるせえ、人の金のことなんか心配してられるか」
 
冒険者って連中は、金銭感覚がいい加減だ。生き方が博打なせいか、出納が適当で、相場にも疎い。だから、よくぼったくられている。
 
弓兵のサラも、例にもれず金銭感覚が適当で、いつも貧乏でヒーヒー言っていたので、見かねて鏃だけ、まとめ買いするよう教えたのだ。
 
鏃だけ買えば、矢柄と矢羽は手作りできる。どうせ、弓兵は矢に拘りがあるので矢の調整は自分でするのだ。作ったところで、それほど手間に差が出るわけでもない。
 
鏃を1回の依頼で何個使っているのか。その何割が再使用可能なのか。今の相場が幾らで、まとめ買いすると、どの程度得するのか。そのあたりを、昔とった杵柄で計算して、矢の出費を6分の1にしてやった。そのことに感謝して、酒を奢ってくれた。
 
そういう使い方をするから、金が貯まらないんだ、と思う。
 
駆け出しの冒険者連中ってのは、貧乏人だ。学もない。初心者こそ装備を整えるのに金銭が必要なのに、稼いだ傍から酒に博打に女に散財する。そうして無駄遣いばかりしているから、なかなか装備を更新するための金が貯まらない。結果として、ランクが上がらない。負のループを繰り返している。
 
俺が20代半ばで転移して、そこそこやれたのは、金銭の使い方が上手かったからだ。パーティー連中も、その恩恵に与っていた、はずだ。まあ、学のないバカばかりだから、サラを除いてあまりわかっていなかったみたいだが……。
 
弓兵のような連中の手助けか。
 
日本にいた頃は、コンサルタントなんてものをやっていた。転移した当初は、それで食っていこうと思ったが、地縁のない余所者がギルドでガッチリ固まった世界に食い込めるはずもなく、資本もないので諦めていたのだ。
 
貧乏人相手のコンサルはあんまり気が進まないな……。が、日銭を稼ぐためには仕方ないか。そんな成り行きで、俺は「冒険者パーティーの経営相談」を始めることにしたのだった。

赤毛のアーチャー、サラから最初の相談


「じゃ、あたしがお客の第1号ね!」
 
サラは、勢いよく向かいの席に座った。後ろにまとめた赤毛が撥ねる。
 
「そうだな、まあ最初の客だから相談料は成功報酬にしとくか。大銅貨1枚……は無理か。銅貨3枚でどうだ?」
 
相場はいろいろだが、大銅貨1枚で2週間ぐらいは暮らせる。銅貨3枚なら2~3日といったところか。貧乏人から巻き上げても仕方ないからな。
 
「うーん……いいのかな? いい気もする」
 
「ま、何もなければ金は取らねえよ。お前に金がないのは知ってる」
 
「わかった! じゃ、お願い!」
 
とりあえず口頭で契約。契約書を交わしたりはしない。冒険者には字が読めない連中も多いので、契約書は騙す準備のように見えるらしく、かえって信用されないのだ。

「で、何が困ってるんだ?」
 
「あたしじゃなくてね、友達の弓兵なんだけど、やっぱりお金に困ってるの。矢のお金が、すごくかかるんだけどパーティーは負担してくれないんだって。ちっとも稼げないから、抜けようか迷ってるって言ってた」
 
「問題点は2つだな。1つめ。サラも困ってた矢の費用。これは鏃をまとめ買いしたらいい。むしろサラと一緒にまとめ買いしたら、もっと安くなる。2つめ。冒険にかかった費用分担のルールがない。まあ、大手になれば出納係がいて、しっかり仕分けするんだろうけど、駆け出し連中には無理だよな」
 
「それは、私にもわかる。1つめは私の鏃と一緒に買えばいいよね。だけど、2つめは、どうしたらいいの? 私も、矢が高かったとか言ったことあるんだけど、なんか剣士も研ぎ代がかかったとか、魔術師も触媒が高かったとか言って、うやむやになっちゃったんだよね……。私じゃ、相手の言い分が正しいのかどうかわかんないし」
 
「抜けて別のパーティーを探してもいいが、別のパーティーでも付きまとう話だな。そうだな、俺が相場のマニュアルを作ってやるか」
 
「そういうの、ギルドがやってくれるんじゃないの?」
 
「あんなお役所仕事の素人連中にできるかよ!!」と俺は吐き捨てるように言った。
 
この世界にも、冒険者ギルドというものはある。仕事内容は現代の派遣会社の斡旋に近いかもしれない。
 
依頼を募集し、その仕事ができそうなパーティーに割り振る。成果の確認をして、支払いをする。冒険者の登録や抹消など、人員管理もする。魔物素材の買取りもする。
 
しかし、それだけだ。高位冒険者に対しては、いろいろサポートをするのかもしれないが、一山いくらの駆け出し連中のサポートなぞしない。ゲームとは違うのだ。
 
初心者支援はない。農村から無学な食いつめた連中がやってきて、無謀な依頼に挑んで死ぬか、体が不自由になるほどの傷を負っても補償もされず、引退する。1年も続けられる奴は半分もいない。そういう仕事だ。
 
素人を相手にしたあこぎな商売、というのが俺の冒険者ギルドに対するイメージだ。
 
だが、マニュアルを作っても、字の読めない連中に配布はできない。絵に描いた餅になるだろう。文字が読めない食いつめた素人に、どうやって相場感や交渉術を教えるか。なかなか悩むところだ。

依頼をこなしてもちっとも儲からない新米パーティー


考えろ、考えろ、と自分に言い聞かせる。現場をイメージするんだ。現実に即した解決策を出すんだ。数分ほど真剣に悩んだ結果、解決策が見えた。
 
「それじゃあ、友達の弓兵を呼んできてくれ」
 
しばらくして、サラが連れてきたのは弓兵のキンバリーをリーダーとする4人のパーティーだった。
 
農村から出てきて間もない剣士のガラン、村の魔術師から初級の魔術を習っただけのジンジャー、手先が器用で罠の設置が得意なゴラムがメンバーとして紹介された。バランスこそとれているものの、絵に描いたようなお上りさんの初心者パーティーだ。
 
しかし、それは仕方ないことだ。初心者は初心者としか組ませてもらえない。誰しも稼ぎと命が大事だからだ。
 
「キンバリーだ」
 
そう言って差し出された手の平には、指の付け根に弓兵ならではのタコがある。
 
「ケンジだ。サラから、話は聞いている」
 
「あんたを冒険者ギルドで見たことがある」とキンバリーは言う。
 
中堅の冒険者パーティーで、そこまで腕が立つ様子はないのに、装備が良いから、どこかの金持ちの出かと思っていたらしい。普通は、もっと一流どころの集団に目が行くものだと思うのだが、珍しい男だ。
 
「サラから話は聞いているが、あんたからも話を聞きたい」
 
俺は早速きり出した。
 
依頼者に直接会ってみると、事前に聞いていた話と違って実は、ということがよくある。
 
それに、冒険者は依頼、という言葉に命を懸けるものだ。そのあたりの阿吽の呼吸が伝わったのだろう。こちらを見るキンバリーの目に、信頼度が増した気がする。
 
「これまで、10回ほど依頼を受けてきた。その全てに成功したはずなんだが、あまり金銭が貯まらない。だから装備が良くならない。個人的なことを言えば、稼いでも矢が高くて出費が大きいんだ。そこそこ経験は積んだと思うんだが、ちっとも上に上がれる感じがしない」
 
「まかせろ」
 
俺は微かに頷いた。
 
さっそく、キンバリーのパーティーを連れて冒険者ギルドへ行き、常設依頼のゴブリン討伐を請ける。
 
「こんな依頼でいいのか?」とキンバリー。
 
「いいんだよ、お前らに足りないのは運営の練習だからな。依頼内容はなんでもいい」
 
そのまま出発はせず、テーブルと椅子を占領して打ち合わせを仕切り始める。
 
「まず、このゴブリン討伐依頼だが」俺はパーティーを見回して言った。
 
「何日かかる?」
 
「3日だな」とゴラムが答える。
 
「必要なものは?」
 
「食料4日分」とガラン。
 
「魔術の触媒」とジンジャー。
 
「矢を30本」とキンバリー。
 
「他には?」
 
「消毒用の酒が不足してる」と、ゴラム。
 
「以上か? じゃ、買い物いくぞ」
 
俺は4人を連れて、歩き出した。

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