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釈迦は量子論を知っていたか…物理学者と仏教学者の答えは? #1 真理の探究

「仏教」と「近代科学」。一見、正反対のように見えますが、アプローチこそ違うものの、共通する部分がたくさんあることをご存じでしょうか? 『真理の探究――仏教と宇宙物理学の対話』は、仏教学者・佐々木閑さんと物理学者・大栗博司さんが、釈迦の教えから最先端の科学まで、縦横無尽に語り尽くしたスリリングな対話集。その一部を抜粋してご紹介します。

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宗教と近代科学の決定的な違い


大栗 佐々木先生がおっしゃっていたように、相対論と量子論を大きな柱とする二十世紀の物理学は、自然界の深遠な姿を明らかにしてきました。

この数十年のあいだには、観測技術の発達もあり、宇宙の成り立ちに関する知見がとりわけ深まってきました。科学が解き明かす宇宙の真理と、釈迦が到達した人間の真理を対比させながら、この世界の本当の姿について佐々木先生と語り合うのは、私にとっても実に興味深く、ありがたい機会です。
 
おそらく佐々木先生は、物理学が発見した自然界の深い真理を理解することによって、ご自身の宗教的、哲学的な思考を深めたいと思っておられるのでしょう。

これは、立場を逆にしても同じことです。たとえば相対性理論によって現代物理学の基礎を築いたアインシュタインは、哲学と科学の関係について、こんな言葉を残しました。

歴史や哲学的背景に関する知識は、科学者がしばしばとらわれがちになる各世代の思い込みから、私たちを解き放つ。哲学的な思考がもたらす自由は、たんなる職人や専門家と真実の探求者とを区別するものである。

科学者の側にも世界に対する「思い込み」はあり、そのフィルターを外すためには哲学的な考え方を知ることも大切です。その意味でも、宗教と科学、仏教と物理学が対話を通じてお互いのことを学び合うのは、たいへん有意義な試みと言えるでしょう。
 
また、私はこの対話をするにあたって佐々木先生の『科学するブッダ』(角川ソフィア文庫)を拝読し、大いに安心したことがひとつあります。その中に、こんなことが書かれていたからです。

私は本書で、科学と仏教の関係を論じるが、両者の個々の要素の対応に関しては一切無視した。唯識と脳科学だの、マンダラと量子宇宙だの、つき合わせてみても意味がない。

現代物理学の理論や知見の中には、何となく仏教の世界観と似たイメージを持つものがいくつかあります。そのため、紀元前の時代に確立された仏教が、物理学の発見を「すでに知っていた」などと主張する人も少なくありません。
 
佐々木 たとえば「釈迦は量子論を知っていた」と主張する人もいますよね。でも、そんなことはありえません。そういう話と私たちの対話がまったく違うものであることは、非常に大切なポイントですから、ここで強調しておきたいと思います。
 
大栗 おっしゃるとおりです。ご承知のように、科学とは、実験と理論の両輪で進歩するものです。

とくに量子力学は、実験と観察で明らかになった不思議な現象を説明するために、物理学者が何十年もかけて解明した自然法則です。あとで詳しくご説明する機会があると思いますが、このような法則は、純粋な思考だけで発見できるものではありません
 
仏教に限らず、多くの宗教が天地創造や宇宙の成り立ちについて語っていますが、物理学はそれとはまったく違う方法で宇宙の真理にアプローチしています。そこで、本題に入る前に、このような真理に到達するための科学の方法についてお話ししましょう。

仮説と検証をくり返すのが科学の方法


大栗 人類は古代から、さまざまな形で宇宙の姿を思い描いてきました。宇宙、地球、人類などの起源を説明する創造神話も世界中にあります。自分たちが暮らしている世界はどのようなものなのかを知りたいという欲求は、人間にとって根源的なものなのでしょう。

だからこそ古代の人々は、自分たちの限られた経験世界の中で、宇宙の仕組みを理解しようとしてきたのだと思います。仏教の「曼荼羅」や「三千大千世界」などの考え方も、そういう試みの例でしょう。
 
しかし、多様な宇宙観や創造神話が存在することからも分かるとおり、それは万人が信頼するに足る知識ではありませんでした。自然界の成り立ちについて信頼できる知識を得るための方法、つまり近代的な意味での「自然科学」がヨーロッパで成立したのは、およそ四百年前のことです。
 
それ以前は、誰かが自らの経験や思想などに基づいて推測し、「自然界の仕組みはこうに違いない」と主張していました。しかし、その主張を体系的に確認する手続きは確立していませんでした。
 
近代の科学も、法則の存在を仮定する、つまり「仮説」を立てることから始まります。しかし科学では、そのような仮説の予言を、観測や実験によって検証しなければいけません

検証された仮説だけが自然法則と認められ、観測や実験と合わなければ否定される。そうやって仮説と検証をくり返しながら自然界に対する理解を深めていくのが、科学の方法です。

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真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話


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