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「マイナス1×マイナス1」はなぜ「プラス1」になるのか? #3 数学の言葉で世界を見たら

物理学者で「超弦理論」の世界的第一人者として知られる大栗博司先生。著書『数学の言葉で世界を見たら』は、大栗先生が高校生になる娘に語りかける形式をとりながら、驚きと感動に満ちた数学の世界をやさしく道案内してくれる一冊です。学生時代、数学嫌いだったあなたも、数学の奥深い魅力にハマること間違いなしの本書。内容の一部をご紹介します。

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中学数学の最大の謎のひとつ?

負の数を使うことに抵抗のある人は多いようだ。そもそも、「負ける数」という言い方になにやら嫌な感じが漂っている。英語ではネガティブ・ナンバーと呼ぶが、このネガティブというのにも、否定的な印象がある。

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日常の生活では、「マイナス」という言葉を避けて、別の表現をすることが多い。たとえば、気温を表すのにマイナス5度ではなく零下5度と言う。

僕の研究室で月末に秘書さんが決算書を持ってくるときにも、金額が赤字で書いてあると、その月は収支がマイナスだったということだ。建物の階を表すのに、地下2階と言ったりするのも、マイナス2階と呼ぶ代わりだ。よほど、「マイナス」という言葉を使いたくないらしい。

歴史的にも、負の数が堂々と使われるようになったのは、ゼロよりも後のことだ。ヨーロッパでは17世紀になっても負の数を使うことに躊躇していた。数学、科学、哲学の広範囲に大きな影響を与えたブレーズ・パスカルですら、「ゼロから4を引いたら、ゼロのままだ」などと主張していた。無からはそれ以上数を引けないと考えたのだ。

また、近代合理主義の祖とされる哲学者・数学者のルネ・デカルトも、方程式を解いて負の解が現れると、「無より小さな数はありえない」として拒否していた。負の数を初めて積極的に使ったのは、17世紀のゴットフリート・ライプニッツだといわれている。

前節で、(1-1)に意味をつけるために、新しい数ゼロを考えた。同じように、(1-2)に意味をつけるために定義されたのが、負の数(-1)だ。この数が1+(-1)=0という性質を持つことは、足し算の結合則を使って、

1 + (-1) = 1 + (1 - 2) = (1 + 1) - 2 = 2 - 2 = 0,

と示される。同じようにして、2+(-2)=0、100+(-100)=0が成り立つ。どんな自然数aについても、a+(-a)=0となる。これは負の数の基本的性質なので、これを使って負の数の性質を解き明かしていこう。

負の数の性質の中でも、最もふしぎなものは、負の数に負の数を掛けると正の数になるというものだろう。大人になっても、いまだ納得できないという人も多い。

この間も、東京大学の工学部を卒業して一流企業の技術系役員になっている友人と食事をしていたら、「あらためて聞くが」と切り出されて、「マイナス1とマイナス1を掛けるとプラス1になるのは、本当のところはなぜなんだ」と問われた。これは中学数学の最大の謎のひとつと言ってもいいかもしれない。

ポイントは引き算と掛け算の分配則

まず、正の数に負の数を掛けると負の数になるのはなぜかを、考えてみよう。たとえば、君が毎日100円ずつお小遣いをもらって、使わないで貯金しているとしよう。1日たつと100円、2日たつと200円、お金が貯まっていく。n日たつと、100×n円お金が貯まっているはずだ。

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では、この100×nで、nを負の数にしたらどうなるか。n=-1とは1日前、つまり昨日という意味だとすると、昨日には今日より100円お金が少なかったので、100×(-1)=-100となるはずだ。

一昨日、つまりn=-2のときには、200円少なかったので、100×(-2)=-200。これから、正の数100に負の数(-2)を掛けると、負の数(-200)になることがわかる。

これは、基本原理からは、どう説明できるのか。ポイントは、引き算と掛け算の分配則だ。負の数(-1)が-1=1-2だったことを思い出すと、

100 × (-1) = 100 × (1 - 2) = 100 × 1 - 100 × 2 = 100 - 200 = -100,

と、100×(-1)=-100を導くことができる。正の数と負の数を掛けると負の数になるのは、分配則のためなんだ。

では、懸案の、負の数と負の数の掛け算について考えよう。君が毎日学校の帰りに100円のジュースを買うとする。今度はお小遣いがもらえないとすると、貯金が毎日100円ずつ減っていく。1日たつと100円、2日たつと200円減る。n日たつと、100×n円減っている。これを(-100)×nと表すことにする。

ここで、1日前のことを考えて、n=-1としたらどうなるだろう。毎日100円のジュースを買って、100円ずつ貯金が減っているのだから、昨日には今日より100円多く貯金があったはずだ。

つまり、(-100)×(-1)=100でなければいけない。一昨日、つまりn=-2には、200円多かったはずだから、(-100)×(-2)=200となる。負の数と負の数を掛けると、正の数になると予想される。

これも、分配則から導くことができる。まず、さっき導いた負の数の基本的な性質、100+(-100)=0を思い出そう。この両辺に(-1)を掛けると、右辺のゼロには何を掛けてもゼロなので、

(100 + (-100))× (-1) = 0,

となる。この左辺に分配則を使い、分解すると、

100 × (-1) + (-100) × (-1) = 0,

となる。この左辺の第1項に、さっき示した100×(-1)=-100を使うと、

-100 + (-100) × (-1) = 0,

となる。最後に、両辺に100を足せば、

(-100) × (-1) = 100.

となって、負の数(-100)と負の数(-1)を掛けると、正の数100になることが示された。これは、足し算や掛け算の基本ルールから導かれることだったんだ。

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『数学の言葉で世界を見たら』

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