見出し画像

ジャマイカで遭遇した「不思議な光の球」の正体とは?

神の草・大麻で宇宙空間を体験、インドのビーチでLSDを一服、キノコの精霊と会話を交わす……。ノンフィクション作家、長吉秀夫さんの『不思議旅行案内 マリファナ・ミステリー・ツアー』は、自身の神秘体験を赤裸々につづったトリップ・エッセイ。ドラッグのみならず、音楽、舞踊、錬金術など、あらゆる神秘の核心に迫っています。知的好奇心が思わずうずく、本書の一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

ある夜、星空のビーチで

一九九三年七月、僕はある決定的な神秘体験をした。それは今までの経験では説明のつかない、しかし、それを否定してしまうと自分自身を否定するような出来事だった。ジャマイカで、不思議な光と接近遭遇したのである

画像1

山川健一氏の単行本のプロデューサーとして訪れたジャマイカ、オチョリオスで起きた出来事は、それまでの人生の中でもっとも衝撃的なことであった。

約一週間のジャマイカ取材旅行の最終日の夜。何とかスケジュールを消化してほっとしていた山川氏と僕と、カメラマンの山口昌弘氏の三人は、ホテルのプライヴェートビーチのデッキチェアに寝っ転がって、星空の下で雑談をしていた。

僕達しかいないビーチで、波の音を聴きながら、三人ともリラックスした精神状態だった。

たぶん、月は出てなかったように思う。

暗闇の中、五十メートルくらい先の波打ち際に、突然、青白い光が現われた。数秒間、空間に静止していたそれは、地上から二メートルくらいの高さをキープしながら、ゆっくりと滑らかに僕達のほうへ飛んでくるではないか!

「あっれ~???」

と言う山口さんの声で、自分の目の錯覚なんかじゃないことがわかった僕達は、ゆっくりとデッキチェアから起き上がり、光が向かってくる方向へ五メートルくらい歩み寄り、横一列に並んで立ち止まった。

その光は、僕達との距離が約二メートルのところまで接近し、地上から約一メートル三十センチの位置に、ピタッと静止した。僕の頭の中は「???」でいっぱいになっていたが、パニック状態ではなく、不思議なくらい冷静でリラックスしていた。光と見つめ合った(本当にそんな感じがした)状態が十秒くらいあったと思う。

その時はっきりと観察できたのは、その光の形状が軟式の野球ボールくらいの大きさで、白に近い青色のやわらかい光に包まれていたということだ。球の中に正三角形のオレンジ色の部分があり、さらにその中にレモン色に近い円があった。その円はレンズみたいな感じにも見えた。

うまく表現できないが、例えば、Macintoshの周辺機器に「Qカム」というのがあるのだが、それにも似ているような、あれのボールの部分だけを二回りくらい大きくしたって感じと言えばいいか。

そんな物体との数秒間の遭遇からハッと我に返ったのであろう、山川さんが一、二歩近づくと同時に、光は生きているようにクルリと向きを変えて、ゆっくりと滑らかな動きで沖のほうへ飛んでいった。僕と山川さんは、波打ち際まで追いかけ、立ち止まった。

あの光はなんだったのか

なおも遠ざかる光を見ながら、

「何だろう?」

と言う山川さんのつぶやきに対して僕は、答えられないことの不安から、つい、

「ホタルじゃないんスか?」

と、〈お約束〉のセリフで答えてしまった。

画像2

その瞬間、その光の玉は、

「私はホタルなんかじゃないわよ。わかってるくせに」

とでも言うように、クルクルッと宙に円を描いたと思ったら、パッと消えてしまったのである

その直後、山川さんは僕達全員が光を現実に見たことを確認し、「このことは、絶対に忘れないようにしよう」と言った。

その後、山川さんにオーラが見えるようになったり、僕自身も、子供の頃の不思議な体験の記憶が蘇ったりしていた。とはいうものの、東京という日常に戻ると、あんなにリアルでショッキングな体験だったのに、「幻だったのかな」と感じてしまう瞬間もある。

しかし、他に信頼のできる目撃者が二人もいることでもあり、幻では絶対にないという確信が強くある。あれは紛れもない事実であった。そして、このジャマイカでの理解不可能な体験は、僕達三人へのもうひとつの世界からのメッセージなのではないか、と思うようになった。

しかし、それにしてもあの光はいったい何だったのだろう。僕は、東京に戻ってきて、数年たった後、再び疑問をもち始めた。同じ光を見た人はいないだろうかと思い、僕のホームページにイラストをアップしてみた。

ある人から、同じ一九九二年の夏に、瀬戸内海でとてもよく似た光を見た人を知っているという連絡があった。彼が言うには、あれは生命体であるという。いっぽうでは、小型のUFOだろうと言っている人もいる。僕は、その両方であるような気がするのだが、外見は、生命体というよりは、何かもっとメカニカルでデジタルな感じを受けた。

しかし同時に、光はある意思によって動いていたように感じたし、何よりその光と僕らは、コミュニケートしていたという実感があった。

彼らは何を伝えようとしていたのだろうか

あの光は、海の上でフッと消えてしまって、いったいどこへ行ってしまったのだろうか? 何万光年も離れた別の宇宙空間に、ワープしてしまったのだろうか? 

もしかしたら目に見えないだけで、今も僕の目の前にいるのかもしれない。あるいは、Macのモニター上に、突然、再び現われるのかもしれない。そして、僕のホームページの絵が、デジタル・ネットワーク上で増幅されて、時空を超えて、あの光になってゆくのかもしれない。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!