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「能力主義」は差別のない平等な社会を築くために必要なもの #2 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超。世界はとてつもなく残酷だ。しかし「やればできる」という自己啓発では、この残酷な世界を生き延びることはできない……!

いま話題沸騰の『バカと無知』や、ベストセラー『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』などで知られる橘玲さん。そんな橘さんの原点ともいえる代表作が、『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』です。この残酷な世界で、幸福を手に入れる方法とは? ぜひ本書で確かめてみてください。

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米国の履歴書は顔写真を貼らない


差別というのは、本人の努力ではどうしようもないこと(個人の属性)でひとを評価することだ。部落差別が理不尽なのは、ひとは出自を選ぶことができないからだ。

この原則は世界共通(グローバルスタンダード)で、多様な属性を持つひとたちが混在するアメリカでは、人種や性別・宗教・年齢によって応募者の採否を決めたり従業員を評価することは厳しく禁じられている。
 
アメリカ人が日本の履歴書を見ていちばんびっくりするのは、生年月日を書かせることと、顔写真を貼らせることだ。生年月日欄は「年齢で差別します」と宣言するようなものだし(日本の会社は実際そうしている)、顔写真は性別や人種がひと目でわかる。
 
その一方で、採用や昇進を決めるにはなんらかの基準でひとを評価しなくてはならない。この評価は差別になってはいけないのだから、あとは本人の努力によって変更可能なものしか残されていない。そういう公正な評価基準は、世の中にたったひとつしかないとされている。それが「能力」だ。
 
ではその能力は、いったいどうやって測ればいいのだろう。
 
外資系の会社に応募したひとは知っていると思うけれど、履歴書(レジュメ)に記載を求められるのは「学歴」「資格」「職歴(経験)」の三つだけだ。
 
学歴による差別は日本社会ではずっと大きな問題になっているけれど、一所懸命勉強しなければいい大学に入れないのも事実だ。この一点において、本人の努力ではいかんともしがたい人種や国籍・性別・年齢による差別よりも学歴差別の方がはるかにマシ、ということになる。
 
MBA(経営学修士)のような資格が労働市場で高く評価されるのも同じことだ。取得の難しい資格は人的資本の大きさを示し、より多くの報酬が支払われることを正当化する
 
職歴(経験)は本人の自由な選択の積み重ねだから、もっとも客観的な評価の基準とされる。いろいろな会社で重要なプロジェクトを任されていれば、それこそがまさに本人の能力を証明している。

超高学歴が集まるアメリカの投資銀行でも、圧倒的な実績があれば高卒でも経営トップに上りつめることができる
 
もちろんここでもいろんな反論があり得るだろう。司法試験のような難しい試験に受かるには有名大学に合格する以上に親の経済的支援が重要になる。いったん契約社員になってしまえば、十分な職業訓練の機会もなく、キャリアとして評価されるような職歴は得られない。
 
すべてもっともだけれど、ここにひとつ大きな問題がある。学歴も資格も職歴も「差別」として否定してしまったら、いったいなにを基準にひとを評価していいのかわからなくなってしまうのだ。
 
あらゆる評価を否定すれば、あとはひとを評価する必要のない共産主義の理想世界しか残されていない。もっとも人類の歴史は、こうしたユートピアがグロテスクな収容所国家を生むだけだと教えているのだけれど。

能力主義は「道徳的に正しい」


ここまでくれば、能力主義がなぜ道徳的に正しいかがわかるだろう。

デキスギくんは、法律の仕事が自分にとって比較優位で、タイプが比較劣位だと知っていたからこそ、お金を払ってシズカちゃんを雇った。ところが能力が正しく評価されない社会では、デキスギくんはどれが自分の比較優位かわからない
 
そうなれば法廷での弁護も陳述書のタイプもぜんぶ一人でやるしかなくなり、シズカちゃんに頼もうとは思わない。
 
このように能力主義を否定する社会では、たくさんのシズカちゃんが仕事を失い、失業率が上がるばかりか、社会全体の富も失われていく

自由貿易が豊かな国にも貧しい国にも利益をもたらすように、デキスギくんには法律の仕事で、シズカちゃんにはタイプの仕事で頑張ってもらうことがみんなにとっていちばん得なのだ。
 
能力主義がグローバルスタンダードになったのは、それが市場原理主義の効率一辺倒な思想だからではない。
 
会社はヒエラルキー構造の組織で、社員は給料の額で差をつけられるのだから、なんらかの評価は必要不可欠だ。その基準が能力でないならば、人種や国籍、性別、宗教や思想信条、容姿や家柄・出自で評価するようになるだけだ。

すなわち、能力主義は差別のない平等な社会を築くための基本インフラなのだ。

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残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法


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