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寿司をおかずにご飯を食べる! スペインで出会った不思議な日本食店 #2 世界一周ひとりメシ

昔からひとりの外食が苦手。なのに、ひとりで世界一周の旅に出てしまった。握り寿司をおかずに出すスペインの日本食店、アルゼンチンの高級ステーキハウス、マレーシアの笑わない薬膳鍋店……。旅行作家で、現在は岐阜県安八町の町議会議員としても活動するイシコさんの『世界一周ひとりメシ』は、ガイドブックに載っていない、ユニークなお店ばかり集めた「孤独のグルメ紀行」。海外に行けない今のご時世、ぜひ本書で旅気分を味わってください!

*  *  *

吉幾三が流れる店内で……

石畳の上に微動だにしないで銅像のように立っている男性がいた。目の前の缶にユーロの小銭を入れるとロボットのような動きを見せてくれる。銅像芸と言われる大道芸の一つ。マドリッドの中心部ソルの旧市街を歩いているとストリートミュージシャンや大道芸人が、ちらほら現れる。

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「とんかつ定食」「野菜炒め定食」「寿司定食」

手書きの日本語ポスターが目に留まった。日本食屋であることには間違いなさそうだ。

インドやネパールに滞在していた頃、日本食屋に何度か入った。日本食が食べたかったというよりは慣れ親しんだメニューがあることで店に入りやすくなると思ったからである。店内に幼馴染みが待っているかのように。

しかし、馴染んだ店ならともかく馴染んだ料理が出てくるからといって店に入りやすくなるわけではなかった。それがわかると自然に日本食屋に足が向くことはなくなった。もちろん海外の日本食屋が割高ということも理由にはあったけれど。

目に留まった日本食屋は日本のスナックでよく見かける重厚そうなドアだった。一見のお客さんを拒絶するような扉は、僕のひとり飯の店リストから早々と消されてしまう。そのまま通り過ぎて、大道芸人で賑わっているマヨール広場に向かった。

しかし、頭の中で「寿司」の文字と映像が浮かぶと無性に食べたくなってきた。こんなことは旅に出てから初めてのことだった。マドリッドに入り、イベリコ豚のサンドイッチやチーズの揚げ物、脂っこい鶏肉の入ったパエリヤなど重い食事が多かったせいかもしれない。そのためには重厚なドアをクリアしなくてはならない。もしくは寿司をあきらめるか。

結局、店の前まで戻った。決して上手とは言えない漢字とたどたどしいひらがなのメニューが書かれたポスターをじっくり眺める。どれも12ユーロ(約1900円)。決して安くはないが、高いというわけでもない。この国はもっと物価が安いと思っていたが、安いのはビールだけで後は日本と同じもしくはそれより高いくらいである。

思い切って重い扉を開けた。誰もいない小さな六畳ほどの部屋が現れる。バーカウンターと角にはコート用のハンガーが置かれていた。壁は赤いビロード調。これでカラオケセットがあれば、すぐにスナックが始められそうな雰囲気だが、どちらかと言えば高級クラブ、いや、高級料理店が持つウエイティングバーに近い雰囲気でもある。

ジーンズにパーカー姿の僕が入るには少々、場違いな気がして、ひるんでしまい、外に出ようか判断に迷った瞬間、奥の部屋からスーツ姿の中国人女性が現れた。

「ウノ(一人)?」

中国人独特の攻撃的な言い方で聞かれる。

「シー(はい)」

思わずうなずいてしまう。

彼女について部屋を通り抜けると雰囲気は一転した。三十席程あるスペースに並べられた濃い茶系の簡素な机と椅子は、どこかそば屋のような雰囲気である。ところどころに置かれた背の低い障子のついたてと店内に流れる吉幾三の演歌が日本的な空間を作っていた

彼女に案内された席につくと同時に僕が唯一、スペイン語で頼むことのできるビールを意味する単語「セルベッサ」をつぶやき、「ス・シ」と、ゆっくり発音する。

すぐに、スペインでよく飲まれる「マホー」という名のビールがテーブルに運ばれてきた。グラスに注ぎ、一口飲むと周囲を何気なく見渡す。僕以外に三組の欧米人の客がいる。日本人のようにガイドブックを眺めてくれればすぐに観光客とわかるのだが、みんな会話を楽しんでいるだけなので観光客なのか地元客なのかわからない。

男女の若いカップルのテーブルの上には、唐揚げ、寿司、小鉢に入った一品料理など様々な料理が並んでいる。寿司下駄の上に寿司を載せてあるのが目に留まると、ふとこの店の経営者のことを想像した。

目に飛び込んできた驚きの光景

海外の日本食屋は二種類ある。日本人が経営しているか、もしくは日本人以外の外国人が経営しているか。そんな偉そうに書かなくても、その二種類しかないし、そんな偉そうに言う程、見わけがつくわけでもない。

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メニューで「ソバ」が「リバ」と書かれているのを見つけた時やスープに野菜スティック状の生の野菜を突き刺した料理が「味噌汁」として出された時などに外国人が経営しているんだろうなぁと判断する程度である。

「サラダデス」

最初に案内した女性ではなく、チノパンに白いシャツを着た中国人男性が片言の日本語で言いながら、テーブルの上に器を置いた。日本語で言われたので、思わず「ありがとう」と日本語で返す。彼は何かを確かめるように僕の顔をじっと見つめた後に微笑んで去って行った。

サラダとして出された物は、きゅうりとワカメの酢の物だった。酢の物という意味にあたるスペイン語で言われてもきっと僕にはわからないので、そう言ったのかもしれない。

酢の物にしては量が多く、美味しいかどうかと聞かれれば、首をひねるだろうが、僕のような味覚が鈍い人間からすれば決してまずくはない。大衆居酒屋で飲んでいるのとさほど変わらない気もして、逆に懐かしささえ覚える。何よりあっさりした食べ物を身体が欲していた。

この店は日本人経営者かもしれない。青森を旅していたマドリッド出身の女性と恋に落ちた日本人男性が脱サラして彼女と一緒にスペインに渡り、この店を始める。故郷を忘れないために青森出身の吉幾三のアルバムを店内に流そうと彼らは心に決めたのである。

そこまで妄想した時、カップルの男性の奇妙な動きに気がついた。握り寿司をおかずのようにしてチャーハンを食べていたのである。とはいえ外国人なので、そういった食べ方をしても決して不思議ではない。

いや、待てよ。そういえば先程、女性店員がよくわからない質問を僕にした。「アロス(ご飯)」だけ聞き取れ、咄嗟に「シー」と言ってしまった。わかる単語があるとつい「シー」と言ってしまう癖が身についてしまった。その時は、気づいていなかったが何かを選択しろと言っていたような気もする。何気なく周囲を見渡す。

その時、驚く光景が目に飛び込んできた。スペイン人の別のカップルが寿司をおかずに白飯をほおばっていたのだ。しかも、これが当たり前の食べ方とでも言わんばかりに平然とした表情で。再度、女性店員から聞いた「アロス?」という単語が頭を過る。まさか……。

そのまさかだった。寿司とともにライスが運ばれてきたのである。しかもご飯のお茶碗ではなく、味噌汁のお椀。

「アナタ ハ ニホンジンデスネ?」

男性店員はにっこり笑って片言の日本語で言って、僕の目の前にプラネタリウムのような形に白飯が盛られたお椀を置いた。寿司の隣に置かれたご飯の勢いに圧倒されながら、「そうです」と答えると彼は後ろを振り向いて、うなずくような仕草を見せた。

彼の目線の先には厨房につながる扉があった。その扉から誰かがのぞいている。漫画で部屋の中の様子をうかがう時に縦に顔が並ぶ様子が描かれることはあるが、まさにその状態だった。顔まではわからないが明らかに人影と視線を感じる。男性店員は厨房の方へ、細かい報告をいちはやくしたいのか早足で戻って行った。

「やっぱりあいつ日本人だったぜ」

「お前、すごいなぁ。きちんと日本語が通じていたじゃないか」

キッチンで盛り上がっている様子の想像がつく。それから、度々、扉から視線を感じた。自分たちの作った寿司を、どう食べるのかを観察しているようにも見えた。

握り寿司はマグロとサーモン、鉄火巻き、カッパ巻きなどが並ぶ。隣に業務用のわさびがてんこ盛りで添えられていること以外は日本と変わらない。海外の寿司はわさび抜きが多いので、これは普通なのだろう。日本の寿司のように舌の上で米粒がはらり、ほろほろではなく、小さくした握り酢飯の上に刺身が載っている感じではあるが、久しぶりの刺身は、やはり身体が欲していたようで美味しくいただいた。

しかし、そんな僕もさすがに、ライスにだけは手をつけることができなかった。どのタイミングで食べればいいのだろうか。この時、僕は確信したのである。間違いなく、この店は外国人経営者だろうと

「オイシイデスカ?」

会計の際、男性店員に日本語で聞かれ、「シー」とスペイン語でうなずいた。どこか引っかかった気持ちを残したまま。

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世界一周ひとりメシ イシコ

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