父が残していった「置きみやげ」…感涙必至の青春小説! #4 ソバニイルヨ
勉強が嫌いで、まわりの目ばかり気にして生きている隼人。ある日、自分の部屋に戻ると、目の前に見慣れぬ大きな物体が。それは、長期間不在になる父親が残していったロボット、ユージだった……。自分らしく生きる勇気をもらえる、喜多川泰さん渾身の書き下ろし長編『ソバニイルヨ』。読めば誰かにプレゼントしたくなる、そんな本書の「ためし読み」をお届けします。
* * *
「チッ」
隼人は思わず舌打ちをした。こんな変なものを作るのは、父の幸一郎しかいない。
それこそ、隼人が幼稚園児なら、
「わあい、ロボットだ! ロボットだ! パパがロボットを作ってくれた!」
と言ってはしゃぎ回るのかもしれないが、中学生の隼人が、こんなガラクタを寄せ集めた、ロボットもどきで喜ぶとでも思ったのだろうか。あまりにも自分のことを子ども扱いしているように思えて、腹が立った。
隼人の部屋はベッドと学習机にイス、本棚とタンスといった最低限必要な家具だけで、狭く感じるほどの広さしかないのに、幸一郎が残していったと思われる、この工作物は結構大きくて、かなりの圧迫感がある。
ただでさえ狭い隼人の部屋は、幸一郎の置き土産のせいで、更に狭くなった。
「邪魔だなぁ、もう」
隼人は、それを部屋の外に引きずり出そうと思い、近づいて持ち上げようとしたが、重たくて隼人の力ではピクリとも動かない。
「何だよ!」
隼人は何度目になるかわからない舌打ちをして、両手を腰に当てて、その「ロボット」を睨みつけた。
ロボットは相変わらず、腰に見立てたDVDレコーダーの電源ランプがついていて、ファンの音を響かせている。
音の出所が気になって、背面をのぞき込んでみると背中の部分にファンがついていて、回っているのがわかった。DVDレコーダーの背面からは何本かのコードが胴体の中に延びていて、何かと繋がっているようだが、電源ケーブルも同じように胴体の中に延びていて、ロボット本体から、部屋のコンセントに繋がっている様子はない。
電源をどこかのコンセントからとっている訳でもないのに、電源が入っているということは、中に電池が入っているのだろうか。隼人は電池ボックスのようなものを探してみたが、それらしいものは見つからなかった。
隼人は、迷惑な置物をどうすることもできず、ただ睨みつけるように全身を隈無く見た。
見れば見るほど、かっこ悪いを通り越して、気持ち悪い。
観察しながら、隼人は誕生日にiPadが欲しいと、幸一郎に言ったことがあるのを思い出した。
幸一郎が、そのことを覚えていて買っておいたものを、単純に渡すのは面白くないと、こんなガラクタを集めて、小さい子どもしか喜ばないようなロボットの形状にしたのだろうか。とは言え、中学生になってスマホを買ってもらった隼人にしてみれば、今更iPadをもらってもそれほど嬉しさはない。もともと、iPadが欲しいと言い出したのも、本当はiPhoneが欲しいと言いたかったのだが、小学生のうちからスマホはダメだと、真由美に何度も釘を刺されたからでしかない。
「サプライズのつもりかもしれないけど、まったく嬉しくないんだよ。こんな面倒なことしないでいいから、iPadだけ『はい』って渡してくれればいいのに」
隼人は、そう愚痴を言いながら、胴体に手を伸ばした。
iPadを引きはがそうとしたときに、画面に手が触れた。次の瞬間、ディスプレイが明るくなってメッセージが浮かび上がった。
「AI UGを起動しますか?」
メッセージの下には「Yes」「No」と書かれたアイコンが表示されている。
隼人は思わず手を引っ込めた。
「AI UG?」
「Yes」に触れたときに何が起こるかわからず、自分の部屋に置いてあるものなのに勝手にさわったことが恐くなり、とりあえず「No」を押した。
画面は再びブラックアウトした。
隼人は、腕組みをしてもう一度その置物を眺めた。
「この部屋に置いてあるってことは、俺にプレゼントするってことだよな」
そう、自分に言い聞かせ直して、恐る恐る、もう一度、画面に触れた。
再び
「AI UGを起動しますか?」
というメッセージが表示された。
隼人は、そのメッセージを無視して、iPadを胴体から引きはがそうとした。必要なのは、このタブレットだけで、胴体やら頭に見立てたサッカーボールやらにくっついている状態だと、使い道がない。
両面テープか何かでくっつけているだけだと思っていたiPadはどんなに力を込めて引っ張っても、剥がれる気配すらなかった。
「どうやってとめてんだよ、まったく」
隼人はイライラしながら、何度も引きはがそうとした。
そのたびに
「ビーッ! ビーッ!」
という大音量の警告音が鳴って、画面には何度も先ほどと同じメッセージが表示された。
隼人は、その音に耐えられなくなり、表示されている「Yes」の文字に触れた。
すると
「しばらくお待ちください」
の文字とともに画面の中央で光が時計回りに回り、その下に表示されているバーが左から順にゲージがたまるように色が変わり始めた。
隼人は、iPadを胴体から引きはがすのを諦めて、メッセージに従順に起動されるのをしばらく待った。
バーの横にある数字が0%から始まり、徐々に増える。やがて99%となりしばらく待つと、画面が再びブラックアウトした。
「あれ? ……何だよ。消えちゃうの?」
画面上にいろいろなアイコンが表示されることを予想していた隼人は、何も表示されなくなった黒い画面を何度もさわってみたが、今度は何の反応もなかった。
「壊れてんのか? これ」
そう言って、胴体の横を強く平手で叩いた瞬間、
「ウィーン」
という機械音とともに、両目に見立てた、カメラのレンズが動いたような気がした。
「うわ!」
隼人は驚いて、思わず後ろに飛び退った。
今度は、隼人の動きに合わせて、首から上が動いて、サッカーボールが、いや、顔がこちらを向いた。
「動いた!」
隼人は、声を上げた。張りぼてだと信じて疑わなかったそのロボットは、本物のロボットのように首から上が動いて隼人の方を向いた。
隼人は、恐る恐る部屋の中を後ずさりしてから、ロボットの視界から消えるように、ゆっくりと窓際の方に横移動してみた。
隼人の動きに合わせて
「ウィーン」
という音をさせながら、首から上が、隼人の姿を追ってくるのがわかる。
やがて首が動くモーター音に、別のモーター音が重なったかと思うと、DVDレコーダーと胴体を繋いでいる部分も回転し始めた。
「何だよ、こいつ」
隼人は気味が悪くなり、思わず声が震えた。
「ボクハ、ユージー」
「わっ! しゃべった」
隼人は腰を抜かすような形で、後ろに倒れ込み、ベッドの上に尻餅をついた。
「ユージ……?」
何が起こっているかわからず、思わず、目の前のロボットが名乗った名前を繰り返した。
「ソウ。ヨロシク、ハヤト」
隼人は、ベッドの上を後ずさりして壁際まで下がり、枕を抱えて得体の知れないロボットを見つめて身構えた。
隼人が下がると、目の部分のカメラのレンズがピントを合わせるように回っているのがわかる。
「何だよ。お前!」
「……ユージー」
ユージはそう答えたあと、黙り込むように静かになった。部屋の中はロボットの冷却用に回り続けているファンの音だけが微かに響いている。
「……どうして俺の名前を知ってるんだよ?」
「ボクハ、キミニアウタメニ、ウマレタカラ」
「なんで、俺に会う必要があるの?」
「……アイヲ……ツタエル……タメ」
「愛?」
隼人は眉をひそめて、ユージの胸についているiPadの上にある「AI UG」と書かれた立体のロゴマークを見た。
「AI」の部分は「愛」とも読める。
「UG」はこのロボットが「ユージ」という名前だということを表しているのだろう。
隼人はユージを見つめて、続きを待ったが、ユージがそれ以上自分から話し出しそうな気配はなかった。
「どうせ、父さんが作ったんだろ?」
隼人は吐き捨てるように言った。
「……ワカリマセン」
ロボットが自分を作った人を知らないのは仕方がないのだろう。だって、どうやら今電源が入ったばかりなのは間違いなさそうだから。
「起動して最初に見た人を『主人』と思うようにでも設定されていたのか」
と思ってから、思い直した。
「だとしたら、最初から俺の名前を知っているのはおかしい……」
やはり自分のことは最初から認識するようにインプットされていたということだろう。
いずれにしても、幸一郎の置き土産以外に考えようがない。
「いいよ。君がわからなくても、俺にはわかるもん。君は俺の父さんが作ったんだ」
「……ソウナノ?」
「ガクッ!」
隼人は学校の仲間内だけで流行っている、コケる仕草を大袈裟にしてみせた。
どうやら見た目だけでなく、中身もどうしようもないほど無知なポンコツのようだ。
最近、携帯電話会社が売り出したロボットは、近未来的で曲線が美しく、万人受けする見た目に、爽やかな声、誰もが好きになるような愛くるしい動きと表情が特徴で、インターネットで世界と繋がっていて、どんな質問にも検索結果を表示してくれる。
それどころか今の時代、スマホですら、音声を認識して、質問をしたら、何でも答えてくれるのに、目の前のロボットは、今のところ隼人がした質問に対して、「ワカリマセン」と「ソウナノ?」しか答えてくれない。
しかもその声は、子どもの頃、扇風機の前で「ワレワレハウチュウジンダ」と言ったときに聞こえたような割れた音で、その安っぽさといったらない。父親の幸一郎が自分の研究所で一人で作ったものだから、技術的に仕方がないのかもしれないが……それにしても、ひどいもんだ。
◇ ◇ ◇