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就活がうまくいかなかったのは、私が私にウソをついていたから #2 傷口から人生。

過剰すぎる母に抑圧され、中3で不登校。大学ではキラキラキャンパスライフになじめず仮面浪人。でも他人から見てイケてる自分でいたくて、留学、TOEIC950点、ボランティア、インターンなど、無敵のエントリーシートをひっさげ大企業の面接に臨んだ。なのに、肝心なときにパニック障害に。就活を断念し、なぜかスペイン巡礼の旅へ……。

小説家としても活躍している小野美由紀さんのデビューエッセイ、『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』は、「つまずきまくり女子」の人生格闘記。読めば生きる勇気が湧いてくる、そんな希望にあふれた本書から一部をご紹介します。

*  *  *

「さくらが、咲いていたんです」

自分の速度を見つけるのは、とても難しい。

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就活の時だって、そうだった。私は本来、人に合わせるのなんて、全然、得意じゃない。むしろ、自分一人でコツコツやるほうが好きだ。何をやるにしたって、人の倍ぐらい時間がかかる。でも、それじゃあ就活で内定をもらえない。そう思っていたから、私はあんなにも無理してきた。きびきびと、人と足並み揃えて、協調できる私。空気の読める私。人より先に、考えて、答えを出せる私。

そうやって、空気の人形みたいに、理想の私を作り上げて、それで勝負しようとしていた。

でも、それは、ウソなのだ

今も、思い出す光景がある。

就活をやめる、直前のことだった。とある有名おもちゃ会社のグループ面接だった。学生は6人。面接官は2人。狭い会議室に8人が押し込められると、自然と空気が薄くなった。このうち何人が次の面接に進めるか分からない。学生たちの頭の上に無言の火花が散る。

面接のお題は「最近感動したこと」だった。一人一人、思いついた順に答えを述べてゆく。ボランティアをした時の話。励ましてくれた親の話。分かりやすく、1分間で、手短に。自分が感動した話じゃなくて、面接官が感動する話。私は何を話したのか覚えてない。たぶん、ボランティア活動の話かなんかしたんじゃないかと思う。面接官の表情は、変わらなかった。

手を挙げた学生が全員答え終え、最後の一人になった。眼鏡をかけた、冴えない、いかにもオタクって感じの男の子だった。全員の注目が集まる。早く、答えろよ。もう面接の時間終わっちゃうぞ。こいつ、思いつかないのかな? 言外のいらつきや侮り、嘲りが、学生たちの頭上に飛び交った。

「さくらが」

急すぎて、一瞬、誰が話しはじめたのか分からなかった。は? という声が、どこかから漏れた。

「さくらが、咲いていたんです」

その子だった。

全員、ぎょっとした。面接官は目を細めて彼を見た。

「今日、ぼくは、この面接会場に、電車で来ました。朝起きて、歯を磨いて、少し遅く起きたので、ワイドショーなんか見たりして。そのあと、スーツに着替えて、玄関を出て最寄りの駅に向かうために、歩きはじめました。ぼくの家は、小さな川沿いにあるんです。川沿いの道を歩きながら、ぼくは今日の面接のことを考えはじめました。今日はどうしよう、何を言おう。頭の中で繰り返し繰り返し、シミュレーションなんかしたりして、ああ、今日も昨日と一緒だなぁ、と思いながら、川べりの遊歩道を、駅に向かって歩いていました」

静かな、深いトーンで、彼は、ゆっくり、ゆっくりと、一語一語、話していった。彼の肩口から、細おもての顔の輪郭から、びりびりと気が立ち上っていた。全力で表現する人にしか、立ち上らない覇気。

「あれ、そういえば、昨日より、少しだけ暖かいぞ。そう思って、ふと、顔を上げたら」

彼はそこで、つい、と顔を上げた。

「桜が、咲いていたんです」

その場の誰もが、つられて彼の視線の先を見た。

「目の前の木も、次の木にも。まだ咲きかけの小さなつぼみが、ピンク色の小さな花が、並んでいました。どの木にも、どの木にも。ああ、地面しか見ていなかった、ぼくの頭の上には、目線を上げたら、こんなにも綺麗な景色が、広がっていたんだ……って」

彼はそのまま、黙って、空を見つめていた。桜を眺める目線の角度で。

オフィスビルの、狭い会議室の一面に、桜が咲いたような気がした。

全員ぽかーんとして、彼と同じように、ただぼんやりと宙を眺めていた。

負けた、と思った

他人のペースに合わせなくていい

次の質問、次の質問、彼は全部、自分のペースで、自分のやり方で、答えを紡いでいった。面接官はもはや、彼にしか注目していなかった。その場にいる全員が、次に彼が何を言いだすか、期待を込めて待ち望んでいた。

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ああ、彼は私たちと、同じゲームをしていないんだな、と思った。制限時間の中で、いかに効率よく、自分をアピールするか、という、面接のゲームを。

あれは彼の巧みな罠だったのかもしれない。純粋さを装う巧みな罠。彼は演劇かなんかをしていて、人を惹き付ける表現方法を体得していたのかもしれない。だがもし、たとえそうだったとしても、あの時、面接会場にいた全員が、彼の時間の中に、彼の感覚の渦の中に、飲まれていた。自分の速度でもって自分を表現することを、彼は、確かに知っていた。自分の感覚の速度を、てのひらで大事に守りながら、他人と交わろうとしていた。

ああ、私は自分の速度も、それを武器にするということも、何も、分かってなかったんだ。

私は就活が嫌だったから、続けられなくなったんじゃなかったんだ。

うまくいかなかったのは、社会とか、システムのせいじゃない。

ただ、私自身が私にウソをついていたからだ

私は天才的なウソつきになろうとしていた。自分に対する、天才的なウソつきに。

私はリタに、自分がパニック障害で就活をやめたこと、焦る気持ちが湧いてしまうことを話した。私はこの道に来て初めて、他の巡礼者に自分のことを打ち明けたのだった。

自分の人生のペースが、社会と合うのかどうか、分からないこと。こぼれおちてしまった今が、不安でたまらないこと。これからなんとか人生を立て直したいけれど、どうしたらいいのか、全く分からないこと。

リタは黙って聞いたあとに、こう言った。

「上手くやるって言うのは、必ずしも、他人のペースに合わせることじゃないのよ」なだらかな、白いまぶたの稜線に囲まれた青い目の底から、彼女の背負ってきた人生が、まるごと私に語りかけてきた。

自分のペースを守りなさい。そうすれば、ある時、自分のペースと、社会のペースが、かみ合う時が、必ず来るから。ミユキ、心配しないで。あなたが歩いているのはね、他の誰でもない、あなたの道なのよ」

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傷口から人生。

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