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遺伝か、環境か? ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズの精神分析 #2 ストレスと適応障害

会社に行きたくない、不安やイライラが増えた、自信がなくなった……。そんなあなたの心のトラブル、もしかしたら「うつ」ではなく「適応障害」かもしれません。精神科医・岡田尊司さんの『ストレスと適応障害』は、いま急増している適応障害の特徴と、すぐに実践できる対処法をわかりやすく紹介。一部を抜粋しますので、心が疲れていると感じている方はお早めにご覧ください!

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遺伝的な過敏さを抱えていたゲイツ


過敏な傾向や不安の強さは、当然、認知にも影響する。この世界が安全な場所だと感じてリラックスできるかどうかは、その人に備わっている安心感によって左右される。こうした安心感は、もって生まれた素質と幼い頃からの体験によって育まれる

もともと不安を感じやすい遺伝的体質というものがあり、日本人の場合、三分の一くらいの人は不安を感じにくいが、残りの三分の二は不安を感じやすいタイプで、特に三分の一の人は、その傾向が強いことが知られている。
 
一方、幼い頃の養育体験や母親との関係が安定していたかどうかも重要で、一歳の時点で母親との関係が不安定だった子どもでは、青年期になったときに不安障害になるリスクが五倍にもなる。
 
生まれつきの体質と養育環境の両方が悪いほうに重なってしまうと、そのリスクは非常に大きくなってしまうが、その一方で生まれつきの体質が不利なものであっても養育環境に恵まれれば、精神的なトラブルを抱えずに済む
 
実際、遺伝的な体質からいえば、三分の一の人が、不安障害やうつになりやすいということになるが、幸いなことに、そうしたこととは無縁に一生を過ごせる人のほうが割合としては多いのである。
 
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツとアップルを創業したスティーブ・ジョブズを例にとって考えてみよう。
 
ゲイツは、子どもの頃からとても敏感で社会的発達も遅く、一学年遅らせることを勧められるほどであった。遺伝的素質として過敏な傾向をもっていたと考えられている。しかし、両親の愛情と恵まれた養育環境で育つことができた。
 
ゲイツは遺伝的な過敏さを抱えていても成績もよく、ハーバード大学に進んだ。しかし、象牙の塔にこもることには飽き足らず、学生時代から事業に乗り出したが、常にポジティブで、社会生活においても家庭生活においても安定した人生を歩んできた。

実の両親から引き離されたジョブズ


一方、ジョブズは生まれて間もなく実の両親から離され、養父母のもとで育った。養父母はジョブズを溺愛したが、ジョブズのなかにはずっと違和感のようなものがあって、ジョブズはアイデンティティの問題を中年期を過ぎる頃まで引きずり続けた。

ジョブズは子どもの頃からわんぱくで行動的だった。遺伝的素質としてはそれほど過敏なわけではなかったと考えられる。
 
しかし、ジョブズには、ひどく傷つきやすい面やネガティブな面があった。ハイスクール時代の成績はぱっとせず、三流の大学を結局中退している。
 
ゲームソフトの制作会社であるアタリ社に職を得てからも、インドを放浪したりヒッピーのように暮らしたりして、対人関係や女性関係もかなり不安定なものだった。アップルをいったん追われてしまうという羽目に陥ったのも、彼のなかの攻撃的な傾向や傲慢さが孤立を招いたためだった。
 
少なくとも、ゲイツと比べた場合、ジョブズの傷つきやすさや不安定さは、養育環境に由来する部分が大きいと思われる。

ジョブズは自分の出自の問題にこだわり続け、また禅に救いを求めた。自分のなかにわだかまっている違和感や理由のない怒りのようなものが害毒を垂れ流していることを自覚して、それをなんとか克服しようとしたのである。
 
彼は父親代わりのような存在である禅師や、彼が中年期になってから出会った妻となる女性を支えに、心の安定を手に入れていった。ネガティブな毒を克服し、ポジティブな安定を手に入れたことが、彼の最後の十年の輝かしい活躍を支えることになった。
 
この二人の例からもみえてくるように、生まれもった遺伝的素質も確かに大事だ。それは無視できない。だがそれ以上に、育つなかで身につけた傷つきやすさやネガティブな特性が、人生に毒をまき散らす

自らを不幸にし、成功を遠ざけ、たとえ一時的に成功しても、うまくその部分が克服されていないと、すべてを台なしにしてしまうことにもなる。
 
遺伝的に過敏な特性をもっていても、それは自分の特性に合ったライフスタイルをもつことで、たいていは克服できるものだ。
 
それ以上にその人の人生を蝕んでしまうのが、育ちのなかで身につけたネガティブな認知やそれにともなった攻撃性である。その部分も、自覚と努力によって変えていけるのである。

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