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Re:逃走癖女神 ⒏静と動の朗読 連載恋愛小説

最終稿に無事OKが出て、やりきった充足感に都は浸っていた。
それに水をぶっかけたのは、園田朔久さく
「ラジオで朗読?へえ、おもしろそう」
プロモーションがんばってね、と愛想よく励ましたのに、相手は真顔でまばたきをするだけ。
椎葉しいば都が社交辞令を言うのが、そんなに不自然ですか?

「椎葉さんに朗読をお願いしたいとのことです」
今度は、こっちが目をパチパチさせる番だった。
「本職の声優さんのテリトリーでは…」

元天才少女を大々的にフィーチャーする重忠の陰謀に、都は憤りを隠せない。
「ラジオだから顔出しはないですし、朗読はお上手だと聞いています」
そりゃあ、小学生時代からやってるから、ベテランだよね。
なんならキャリア17年さ。そのうち10年は地下に潜ってたわけだけど。

「おだてても、ムダ」
ツンと顔をそらし、腕組み。
子供っぽいと言われようが、表舞台はこりごりだ。

ラジオ番組内のいちコーナーを、彼は任されているらしい。
都が断れば穴があくと、悲愴なオーラを漂わせてくる。
「担当して1カ月なのに、降板になるかもしれません」
「あーもう。一回こっきりだから」
助かります、とキラッキラのスマイル。硬軟織り交ぜてくる、この策士め。

***

リハなんで、まずは自由に読んでくださーい、とディレクターはやっつけのように言う。
渡された原稿を確認してみれば、静と動が切り替わる演じがいのありそうな場面。

都は地の文を担当し、人物のセリフは朔久が演じることに。
ストーリーテラーは、目立たず出しゃばらず。
それを念頭に、淡々と読んでみた。
ブースの向こう側で、ディレクターは親指を立てる。

主人公せつとヒロインかがみが衝突する。
その緊迫感を、集中力を高めた朔久が演じ切る。
女神の気高さを違和感なく表現できていて、都は自分の読むタイミングを間違いそうになった。

***

「いいねー。想像以上。直すとこないくらい」と番組D。
ホッとして朔久と目を合わせれば、照れくさそうな表情が一瞬だけのぞく。
ひとつのマイクを共有するので、声優のアテレコみたいだなと思う。
「都さん、ひとつだけいいですか」
そう言って、朔久は都の手もとに目を落とす。

「紙の音が入らないよう、注意してください。さわらないほうが安全です」
それは盲点だった。読むのに必死で、自分の手に意識が向いていなかった。
「貴重なアドバイス、痛み入ります。園田プロ」
なんすかそれ、と彼は笑う。

▷次回、第9話「朔久の野望」の巻。


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