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便利屋修行1年生 ㉒報奨金 連載恋愛小説

1日の終わりに業務報告にいくと、所長に金一封をたまわった。
「え?ボケですか、これ」
ポチ袋を開けてみれば、すっからかん。
「引っ越しするんだって?敷金礼金任せなさい」
ボーナスと考えてくれていいと言われても、ピンとこない。
「なんでですか?愛人契約とかですか」

「なんでそうなる」
難しい顔をした沢口が所長室に入ってきて、腕を組んで壁ぎわに立つ。
「実は3カ月、試用期間のつもりで修行させてたのよ。オールラウンダーの慶につかせて」
契約書のどこにも、そんな文言はなかった。

ここ何年も女性を雇ってこなかったので、うさんくさがる沢口に強硬に反対されていたという。
「なにか裏があるのかと。それこそ所長の女かと思って」
「ちょっと待ってください。クビですか、私。ボーナスという名の手切れ金…」
「だから、なんでそうなる」

***

オフィス川添の弱点を補強する貴重な戦力だと、所長は初日に紹介してくれていた。
それが数字の上でも証明されたと、タブレットを見せられる。
「ホラ、リピート率倍増。本上の本領発揮。おっちゃんの目に狂いはなかった」

バーガーショップでの接客だけを見て本質を見抜けるのも、探偵事務所の代表としてさびついていない証拠だ。
「自画自賛ですか」
いつもの無表情で、沢口はすかさず突く。
なんでも買い物代行がとくに好評で、定期契約が入り安定しているらしい。
「というわけで、報奨金かつおわび金ってことね」

***

綾が入ってから事務所の空気がクリアになった、と所長は続ける。
「本上をエサに、幽霊所員を難なくおびき寄せられるようになったし」
まどかの扱いと、所長の言葉のチョイスよ。

電化製品の修理を得意とする秋葉と、ガーデナーのプロレベルのまどか。
綾が知っているだけでも、多彩な布陣だ。
職人集団に穴は見当たらない。

「私が貢献したわけでは…」
「どんなジャンルの仕事にも食らいつくし、何より人間力にひいでている。そう報告受けてるよ」
沢口のほうを見て、所長はそう言った。

以前は、小憎たらしいくらいに冷めた人だと思っていたのに、よく見れば心なしか口もとが笑っているように見えなくもない。
ささいなちがいに気づけるようになった、綾自身の変化だろうか。

「ちなみに、慶の残念なとこ、わかった?」
「顔面が良すぎる、ですか?」
正解は、愛想のなさらしい。
「笑顔が作ってます感ひどくて、コワイでしょ。本上の愛されキャラで、それも一挙に解決」

***

ストーカー騒動の経費と相殺そうさいしてもらうよう頼み込むと、所長はうなりながらも了承してくれた。
「あ。じゃあ、お肉食べたいです。みんなで」
「松阪牛にありつけるのは、精鋭部隊のみ。極秘案件として、進めよう」
所長は重々しくうなずく。

「物は言いよう。安くあげようって腹が透けて見えんだけど」
「うっかり敬語忘れとるぞ、慶。ダブル不倫の果ての路上乱闘って、噂になってるな」
沢口は、苦虫をかみつぶしたような表情になる。

妻をめぐって不倫相手と決闘したと、まことしやかに伝わっているのだろうか。はくがついていいじゃないかと、川添所長は笑いがとまらないようす。
なにがきっかけで名が売れるかわからないもので、あれ以来問い合わせが急増したという。業界の力学というのは、理解しがたい。

「そんな気に病まなくても、本上に請求するつもりなかったよ?」
今後のことは、付き合いのある弁護士に任せればいい。
それは、綾にとって心からありがたい申し出だった。

「せんせー。人間力って、なんですか?」
「しらん」
「愛人じゃなくて、よかった?」
「近い」
廊下に出たあと、うれしさのあまり沢口で遊んでしまった。

(つづく)

#私の作品紹介 #賑やかし帯 #恋愛小説が好き



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