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Re:逃走癖女神 ⒑臨戦態勢 連載恋愛小説

そして、めぐってきた、第2回甘い接待デイ。
間食を控えたり散歩の距離を延ばしたりと、この日に向け都は臨戦態勢。
スイーツに敬意を表すため、装いも純白ワンピで気合い十分。
何が起きても、すべて受け止める覚悟だ。

今夜のコースは、いきなり栗のテリーヌで幕を開けた。
最高級マロングラッセがごろごろ入った、ずっしりとしたケーキ。
食べ応えがすごくて、その手加減のなさに都は少々腰が引ける。
こんなんでフィナーレまでもつのかと、不安に襲われる。

早々に本日のメインが登場し、心配は杞憂に終わる。
どうやら、今回は品数を絞りクオリティで勝負という趣向らしい。
客の予想を鮮やかに覆すパティシエの茶目っ気に、都は心の中で白旗を振り回した。

***

「これは…もはやアートでは?」
「美術館に寄贈レベルですね、たしかに」
お題はブラックフォレスト。
落ち葉を散らしたカカオパウダーのベッドに、きのこや木の実が生えている。
もちろん、テーマであるイガグリも鎮座していて、目も心も躍る。

スプーンで地面を掘れば、マロンクリームをひそませたティラミスがお目見え。舌もたちまちシアワセに。
「これ全部食べれるんだよ?すごくない?」
マジパンのリスは、ごていねいにどんぐりを抱えている。

続いては、繊細でふわっふわな、栗とピスタチオのシフォンケーキ。
ラム酒の効いた正統派モンブランは、芳醇な香りで史上最高の美味であった。
例によって、まぶたを閉じ、都は舌の上で余韻を楽しむ。
今度、このモンブランを指名買いしようと心に誓う。

そのセンスはいったいどこから来るのかと、源シェフを問い詰めたくなった。
人を楽しませる姿勢って伝わってくるよなあと、大いにインスパイアされる。

***

ホクホク気分でふるふるブランマンジェを味わっていると、朔久さくが真面目な顔になる。
「都さん、僕と」
「やだ」
「…まだ何も言ってませんが」
「なんかやだ。イヤな予感しかしない」

上機嫌の人間をつかまえて何か頼みごとがあるとすれば、無理難題に決まっている。
「コーヒーを飲みに来ませんか。僕の部屋に」

最高&最強のコースにひとつだけ注文をつけるとするなら、食後にコーヒーが出てこないこと。
食事中に、こじゃれたフルーツカクテルが出てくるのみなのだ。
さすが目の付けどころがちがう。

「それはつまり、そーゆーイミで?」
「まあ、そういうことですね」
つかのま、中の人と検討を重ねた結果、結論は同じだ。

「逃げるんですか?園田朔久にハマるのが、こわいんだ?」
交渉でもしているような、冷静な声と表情。
「…自意識すごいな」
「どうも」
「ほめてないから」

(つづく)
▷次回、第11話「都の過去」の巻。



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