#013 エッセイを描くということ
これを書くかどうか悩んだのですが、どうしても書き残したいと思ったのでここに書き残しておきたいと思います。
今回は、とても自己満足なものだと理解しているのですが、今の私自身を象徴するような考え方であると。つまりは、少し言葉汚く言えば、夫に自死された一人の妻が約6年後にどう感じながら、日々を生きているかということを描きたいと思います。
きっかけは、酔っ払ったある日にLINEを整理していたところから始まります。
断捨離は得意な方なので、既に機能していないグループを中心にサクサクと削除をしていました。もちろん、夫のLINEは削除しないように頭の片隅に置きながらです。その時に何度も見返したメッセージを少しだけ見直しました。
当時、既に別居中だった夫から入ったLINEに、事務的に返す私の返答。そして、翌日発見されるまでに私が送った既読のつかないメッセージ。最後に、2020年に退会しましたという事務的なメッセージ。(夫は2018年に亡くなっています。)
返ってきてないよ。帰ってきてよ。
何年経ったって、涙が溢れてしょうがない。そして誰も拭ってくれなんてしない。
そして隣に誰かいたとしても、私は誰にもこの涙を拭わせなんてしないでしょう。
このエッセイを書き始めた理由は、エッセイの冒頭でお話しした通り、若くでパートナーを亡くした人に、寄り添ってくれる若年の自死遺族の経験談がなかった自分と同じ歯痒い思いをさせたくないからです。
納得や、共感など得られなくいい。せめて、せめて添木のように、頭のどこか片隅に、こんな経験をした人がいるのだという事実を知ってもらうこと。そして、この先どうなってしまうのかという漠然とした不安を、少しでも和らげて欲しいと思っているからです。
だからこそ、【#自死遺族】をわざとつけて発信しているのです。
そして同時に、もちろん自分自身のためでもあります。
私はいま、亡夫のことを完全に無視した生活をしようと思えば、簡単にできる環境にいます。昨今の状況を考えれば、結婚離婚や恋人のことなど話す必要もなく、会社も変わり、住む街も変わり、苗字も変わり、戸籍も変わり、何もかも変わった6年後。わざわざ、自死した夫のことを口にする人もいません。
私が、自分自身で発信しなくては、夫の存在は消えてしまう。
私自身が忘れてしまったら?
忘れてしまいたい。
本当に?
完全に忘れて楽になりたいと思います。思ったことは何度もあります。
その気持ちはきっと同じ状況の人は、みんな一度は思ったことがあると思います。そして相反して、忘れたくない、忘れるには深く深く、私自身の一部になってしまっていることがあるんです。たった5年一緒に居ただけで、私自身になってしまった夫のカケラがいるんです。忘れたくない。6年。短くもなく、決して長くもない月日が経って感じます。忘れられないのではなく、私は決して夫が隣に居たことを忘れたくないのです。
エッセイを書く際、普段はわざと見ないようにしている暗くて苦しい所に意識を潜らします。自分の気持ちを整えて、整った環境でスッと注意を、心の中の仄暗い霧が集まったボールの中に小さな私が飛び込むイメージで、スッと記憶を辿って、思い出したい時点に戻って記憶を掘り起こします。
当時、自虐的に何度も繰り返したこの行為は、本当に心の自傷行為でした。当時は何度もフラッシュバックを起こし、めちゃくちゃに映像が入り乱れ、サイレンの音と叫び声が思い出されて、意識を保つこともできないことも多々ありました。そして、今もおそらく程度は軽くなったとはいえ、心の自傷行為なのでしょう。
自分自身と相談しながら、慣れてしまったこの行為をまた再開してエッセイを書いています。なくなった半身は戻らないし、痛いのに、書いています。
傷ついて痛いのを理解していますが、今はまだ、痛くとも夫を忘れたくないと必死で抗っているのかもしれません。
あまりこのやり方はおすすめしませんが、大切なパートナーの存在が、周りの人の中から消えて、自分の中でなくなってしまいそうになった時、きっと傷つくのがわかっていたとしても、同じようにする方がいるのは否定できません。
大丈夫。一人ではないです。きっと大切な人を忘れたくないと抗う人は多いと信じています。
大丈夫。きっと少し時間的な距離ができたことで、冷静に【今】の時点に立っていられるようになっています。
大切な人を亡くして6年後。
当時に比べて、圧倒的に時間的な距離が経ったことで、全ての記憶が鈍く、仄白く、ゆっくりなので、心は楽です。衝撃波はもはやありません。波が少し荒れるくらい。
当時に比べて、夫のことを忘れたくないという気持ちが強いです。忘れてしまったら、自分しか知らない夫は居なくなるからです。
当時に比べて、周りにいてくれる人のありがたさを実感できます。自分が辛い時を見守ってくれた人は、本当に大切な人たちです。
当時に比べて、心を隠すようになってしまいました。反射的に。少ししてから痛みが来る時があります。ひとりの時間を大切に。自分自身を優しくケアするように努めています。
当時に比べて、大切な人たちには体調が悪いと言えるようになりました。自分を大切にしてくれる人たちを大切に。極端かもしれませんが、余裕がないので、いつも大切な人たちだけを見ています。
最後に。最近嬉しいことがありました。
当時は、明日を迎えるかどうかも自信の無かった私ですが、最近、来年もみんなでBBQしようよ。と自然と口に出していました。将来のことなど、怖くて口にできなかった頃から比べては、大した進歩だなと嬉しく思いました。
まだ、自信はないけど5年後は生きていたいなと心では思っています。10年後も生きている自信はまだありませんが、明日は生きているだろうなと思えるようになりました。
きっとね。大したことじゃないと笑う人もいます。
けどね。明日は生きているだろうなの繰り返しが続いていけばいいなと、そう言いたかった意図を汲んでくれる人たちがきっといると思うので、少しだけ口にしておきます。
珍しく2500文字超えになりました。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
2024.8.9 あやみ@20代で自死遺族
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