保育士の願いよ、届け!②

子どもは声を出せない…


前回の「保育士の願いよ、届け!」の投稿から1ヶ月半。あっという間に12月を迎え、今年も終わりが近づいている。

新年を前に、また新たに決意する。
私の保育士人生をかけて、「国が保育士配置基準を見直す」ということを願い、小さいことからでもコツコツと取り組んでいこう!

そんなこんな思っている中、前回のNHKだけでなく、朝日新聞デジタルでも保育士の配置基準を含む、保育士の苦悩について取り上げている。https://www.asahi.com/sp/articles/ASQD33S63QD3ULEI003.html
社会の問題として、より多くの人に関心を持ってもらいたい。

さて、先日。
遊歩道にお散歩に行った時のこと。落ち葉を踏み鳴らしたり、小さい花を見つけて立ち止まりながら、子ども達が歩いていくと、明らかに迷惑そうな表情でベンチに腰をかけている方がいた。
「周りの方の迷惑にならないようにね。」などと声をかけつつ、トラブルにならないよう気を付けながら子ども達の姿を見守っていた。ぶつぶつと呟く声も聞こえてくる。
「ここは歩くところだろう。遊ぶなら公園行けよ…。」
ベンチでのんびり過ごしているところ、ジャマされたと思う気持ちも分からなくはないが、都会の保育園で遊歩道の自然に触れられる機会は貴重なのだ。

一方で、ニコニコと子ども達の姿を見ては、「かわいらしいね。」「元気だね。」と、声をかけてくださる方もいる。「ご迷惑をお掛けしてすみません。」とお声がけした際に、「子どもを見ると元気になる。」などと言ってもらえると保育士としては励まされる思いだ。

他には、保育園に「子どもの声がうるさい。」と、苦情が寄せられることもある。
保育園では嬉しくって「キャ~!」と大声を出すこともあれば、自分の主張を通すために大泣きすることもある。
長く泣かせるような不適切な保育はしていないが、子ども達はケンカや悔し泣きなど、日々の保育の中で喜怒哀楽を経験している。子どもって大人と違い、純粋で素直に感情を表すものだと思う。
子どもであった頃、自分自身はどうであったか思い出してみて欲しい。
昔の自分は、周りの大人に寛容な態度で接してもらっていたのではないかと。

そして、自治体から区民のご意見として、「遊歩道や公園は皆さんが使うところです。迷惑にならないように。」等という通達が、保育園に届くことがある。
大通りの危険性を考えれば、子どもの命を守るために遊歩道が最適だ。もちろん、迷惑にならないように歩くことは知らせているが、年齢によっては「迷惑」の理解が難しい。
また、園庭のない保育園の設置許可をしておいて、公園での遊びを制限されては、どこで遊べば良いのやらと怒りさえ覚える。
区民の声で…というけれど、子どもだってその地区の住民であり、公共の場を使用する権利を持つ。
子どもは声を出せないし、自分では自治体に意見を届けられないけれど、「もっともっと自由に遊ばせて欲しい。」と思っているかもしれない。

私たち周りの大人は、子ども達の健やかな育ちのために寛容な態度で接し、こどもの権利を守るために「声を出せない子ども達の思い」を聞き取り、届けていかなければならないと思っている。
そのために保育園としては、子どもの声を汲み取れる職員体制の確保、保育士の配置基準の見直しが重要であると。
またまた、そこに行き着いてしまう。

noteでの投稿は、ほんの小さな取り組みではあるが、もっともっと「保育士配置基準」に関心を持つ人を増やして、子どもに寄り添った保育現場を整えていくことに、これからも尽力していきたい。

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