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自分はなぜ失敗の多い起業家なのか?

そもそも、なぜ起業だったのか?

自分の場合、起業したかったというよりも、
起業という道でしか自分らしくいられなかった、というのが正しい表現かもしれません。

最近診断されたのですが、自分はADHD(注意欠如・多動症)です。


今かよ?ってくらい気付くのが遅いです。
(自分でも幼少より変わっている子供で、いけ好かない人間だとは思っていましたが。。。)

何度も起業したり畳んだりでゆっくりと自分を見つめる時間がありませんでした。

思い返せば、サラリーマン時代にもADHDとして、かなり色々とやらかしています。

◯転職がやたら多い。(8回)しかも、ほぼクビな離職が2回。

◯上司に楯突く。結果干される。

◯戦略プランナー時代は、気に入ったプレゼン案件には集中のあまり1ヵ月で残業180時間やって、会社から注意される。

◯正社員の安住を捨てて、弱肉強食な年俸制外資に転職する。

◯企業内ベンチャー立ち上げて、勝手に予算数億円使って干される。(現在は適度に成功しているようです)

症状的には衝動性、突発性が行動が強く出ています。
通常注意力はやや散漫ですが、集中すると寝ずに動き続ける習性があり、それはそれで周囲に不審な目で見られたります。

そのほかの不適者としての傾向です。

①「後先考えずに行動する」

じっとしておられず、デスクワークが苦手です。
大手企業に転職して、デスクワーク部署だったためにわずか1ヶ月で退職したりしています。

またある時は、be動詞もまともにわからないのに、惚れた外資系企業の人事に恋心をアタックし転職。
初回会議が英語で冷や汗かいていました。

②「電車に乗れない」

都内満員電車が嫌いというよりも、身動きできないことが辛くなります。
会社員時代は勝手に自家用車で通勤していました。会社近くに月極駐車場借りてました。

③「人の名前が覚えられない」

昔から本当に覚えられませんし、忘れます。
そのため、広く浅くのコツコツ営業はできず、大型契約の一発狙いが大半でした。
私生活でも覚えられないので、必然的に人間関係が希薄になります。

④「好き嫌いが激しい」

好きな人としか仕事しないので、優良な顧客を逃す場合も多いです。
人間付き合いが基本的には得意ではありません。
(したがって弊社の社員にも、嫌な奴とは仕事しなくて良いと日々叱咤激励しています)

⑤「会社に行かなくなる」

出社拒否や退職というわけではなく、じっとしてられないor同僚が嫌いだと無断で会社に行かなくなったりします
企画職だったので割と許されていましたが、15年前から先取りで勝手にリモートワークしていたわけです。
(最低限の成果はだしていましたが、よく首にならなかったです。)

⑥「自分の能力が低い」

転職繰り返す中で、ハイスペックな同僚やお客様に出会いました。
羨望の眼差しでしたが、自分が25歳過ぎてそんな優秀な人間に生まれ変わることもできず。
あのような優秀な人材を雇用すればいいのか!
と労働者から雇用主側へのスタンスチェンジを、何の根拠もなくほくそ笑みながら企図します。

⑦「ルールに従えない」

社会や企業の理不尽で納得できない規則には反発します。
反発するばかりでなく、守らないので奇異の目で周囲からはみられていました。
(その点、外資系は無駄なルールが理解しやすく住みやすかったです)
ルールは守る側ではなく、作る側に回らないと、ここでも何の根拠もなく起業を想起しています。

書き出してみて改めて、”しょーもないヤツ”という感じると同時に、会社経営者の今となっては同じような人間を雇用するのはためらわれます。

しかし、反対にもっと早い時期にADHDと診断されていたらどうなっていたでしょうか?
おそらく、今のように起業を繰り返すことはなかったと思います。

周囲に感謝し、自分の行動を自重し、社会の隅っこで大人しく生きていたでしょう。

何も考えず、ひたすらパンチを出し続けて。
そしたらいつかは1発くらいは掠るパンチも出てくる。
ダウンされても自分が負けてない思えば、勝負は終わらない。
勝ったと感じるまで、またひたすらパンチを出す。


ただ単に、社会に適応できず、安住を求めあらがい続けているのだと思われます。


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