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政治への関心・無関心



都民をバカにしている?

 今年2024年の7月7日に都知事選挙が行われる。今年は異例の56人もの候補者がおり、「ポスター掲示板が足りなくなる」「政見放送が通常のニュース番組を圧迫している」(6月28日付東京新聞より)などと報道される事態に。その割には投票日1週間前というのに、筆者が街で見かけたポスター掲示板には空欄が目立っていたように思う。場所によるのかもしれないが。
 各立候補者の公約なども、首をかしげるものが多かった。あまりにもバカにしている内容で、途中で読むのを止めた候補者もいる。どれだけ東京都を、あるいは都民をバカにしているのだろうと思いたくなるものも複数あり、目を覆いたくなった。
 これが首都東京であっていいのか。これが世界に発信されていいのか。日本人として恥ずかしくないのだろうか。

小さなボリュームで何やら見入る中学生

 そんなある日、電車に乗っていると中国系と思われる家族が斜め前に座っていた。流ちょうな英語を話す様子から、母親も英語圏で生まれ育った方なのかもしれない。その隣には中学生ぐらいと思われるご子息がゲームでもしているのだろうか、携帯を熱心に見続けている。
 イヤフォンを忘れたのか、携帯から直接小さな音を出して聞いていたのだが、電車の音がうるさくて聞こえないのだろう。時折ボリュームを上げては、母親に音を小さくするよう注意されるの繰り返し。あまりに繰り返すので、何をそんなに熱心に見ているのか気になってくる。悪いとは思いつつ、ちらりと覗いてみた。

見ていたのは…

 てっきりゲームをしているか、YouTubeでも見ているのだろと思いきや、アメリカ大統領選の公開討論会、つまりバイデン対トランプの討論の様子を熱心に見ていたのだ。
 恐らく旅行中と思われた親子。旅先で、しかも電車の移動中に親に音量を注意されるほど熱中して見入るとは。むろん、学校の課題で出された可能性もあり、そうせざるを得なかったのかもしれない。だとしても、である。たとえ宿題だったとしても、旅行中に都知事選の討論会を熱心に見る日本の中学生がどれほどいるのだろう。
 アメリカのバイデン対トランプの公開討論会を必ずしも賞賛しているわけではないのだが、熱心に見る姿を前に政治への関心の違いを考えてしまった。

せめて反面教師に

 政治はわからない。誰がなっても同じ。だからなんとなく知っている人、印象に残っている人に投票するという人も多いだろう。だからといって、掲示板をおかしなポスターでジャックしたり、ふざけたスローガンや公約を掲げていいとはならない。自分たちがいかに低俗な人間かをアピールしているようだし、それが今の東京という社会を反映しているようにも見える。
 それを見ている子供たちに、果たしてどのような印象を残しているのだろう。子供は政治のことはわからないし、選挙権だってないのだから関係ないと思っているのは大人だけ。大人よりずっと鋭い目で見、社会をとらえている。
「あ、こんなもんでいいんだ」
「ふざけてていいんだ」
 そんな風に思われても仕方がない。だからといって、今さら候補者たちにまじめにやれと言ったところで変わらないだろう。本人たちはそれでいいと思っているのだろうから。あぁ情けない。せめて子供たちが「こんな大人にならないぞ」と思ってくれればいいのだが。

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