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異形者達の備忘録-12

渇き

私はユリ、中学生です。人の良いご夫婦が経営する蕎麦屋さんで、アルバイトをしています。今日も常連さんで一杯ですが、そんな中、源さんという、天ぷらソバしか注文しないお爺さんが、水を何杯もおかわりする。持っていくとグイーっと飲み干して、「ユリちゃん、もう1パイ頼むよ」なんて言うのだ。顔色が少しだけ白っぽいし、ちょっと腫れた感じもするので、「源さん!具合悪いんじゃ無いの? 絶対変だよ〜、 騒いでいると、マスターが顔を出して、源さんの顔色を見るなり、医者に行けと言い出した。目の前にある天ぷらソバに、彼が手をつけてないなんて、病気だ。とキッパリ。結局、嫌だ嫌だというのを、私が駅ビル隣の総合病院に連行した。ビックリしたよ、高浸透圧性高血糖状態とかで、緊急入院になっちゃった。店に戻ると、源さんの奥さんに連絡が取れたと聞いて、安心した。店は混んでいて、大急ぎで仕事に戻った。

バイト帰りに通りかかった線路脇の小さい公園に、若い女性が1人で立っていた。異様なのは、足が浮いて見えること、(うわっ! 見ちまった)と思った瞬間、両手を私の方に伸ばして、「その自転車頂戴!」「嫌だよ!」と言ったが、なんだか妙にしつこい「頂戴!頂戴!ギャー!!」と叫びまくる。「嫌だ!て言ってるんだよ!ば〜か」と言って猛ダッシュで帰宅した。

ホッとして、カルビスを飲んだら、落ち着いたので、ノートパソコンを開く、私の場合、異形のものはいつも、ここからやってくるのだ。

画面を開くとすでに地図になっている。赤いマークが立ち上がる。ギューンと拡大して、あれっ!さっきの公園だ。夕方仕事終わりで、大工の源さんが、子供達に囲まれている。いつものように自販機でジュースを振る舞っているようだ。「源さあん、俺も欲しい」少年達が駆け寄ってくる。よしよし、どれが良いかな? とその時「私も欲しい 欲しい」と言う女性の声がする。大きい声だったし、大人の声なので、ビックリした子供たちが数歩下がると、そこには濃い緑色のスーツの女性がいた。源さんはニヤリと笑って、「ダメだよ、子供だけだ。大人は自分で買ってくれ」すると急にそいつが悲鳴を上げた。「欲しいって言ってるのー、ギャアー!」子供たちは散り散りに逃げ去った。そいつは源さんの方へ片手を伸ばしたまま、スーッと消え去った。呆然としていた彼が、立ち去ると、暗くなったベンチの下に、隠れるように置かれている。枯れた花束が垣間見えた。

暗くなって人けのない公園は、芝生にうっすらと雪が積もっている。公園のベンチに女性が白い封筒を置いた。さらに、その横に、履いていたヒールも揃えておいた。すぐ後ろの植え込みに移動すると、座り込んで、カップ酒で薬を飲みはじめた。やがてケラケラと笑いながらタバコを吸い出した。そして持参のペットボトルから液体を被ると、パッと大きな炎が彼女を包み込んだ。

木陰から現れた初老の男女が、ベンチに置かれた白い封筒を取り上げ、中身を開いた。

お父さん、お母さん、なんで もう買ってくれないの、どうしても欲しかったのに、あれも欲しい、これも欲しい、全部欲しいのに、なんで買ってくれなかったの、思い知らせてやるんだから、後悔したら良いんだ。

そう書かれた便箋が風に乗って炎の上に行き、ポット燃えた。初老の女性が、遺書と書かれた封筒を炎に向かって投げた。「無理だった!これ以上私達にはもう!」そう言いながら、初老の男女はヨロヨロと支え合い歩き去った。背後で炎から「ギャー」と言う叫びが起こり、火の中で立ち上がる気配がした。

何か燃えているぞ、火事だーと言う声が次第に遠ざかっていく

低い男性の声がする、何を与えても使いもしない、欲しい欲しい!ただそれだけなんだ。どうして、こんなふうに育ってしまったんだろう、

地図に戻った画面を見ながら、私は
水だって、ゆっくり味わって飲めば、喉の渇きはコップ一杯で収まるのにさ、と呟いていた。


おしまい


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