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異形者達の備忘録-13

理由(わけ)

私はユリ、中学生です。人の良いご夫婦が経営する蕎麦屋さんで、バイト中です。お店はいつも満員で、その日も暖簾をしまったのは、夜の11時少し前だった。お店は駅ビルの7階にあったので、ビルが施錠される前には出なければならない、おばさんが用意してくれる、熱々の賄い弁当を受け取り、地下の駐輪場から外へ出た。すると高架線下の公園のベンチに、黒い丸っこい何かが動いているのだ。一瞬クマかと思ったが、そんなわけない!人だ、太った人!それが振り返って目があった。「どうも」と言ったら「ドモ」と小声で言われた。「ども」・「ドモ」 「ども」・「ドモ」 「ども」・「ドモ」キリが無い!「じゃ、失礼しまーす」と言って、勢いよく漕ぎ出すと、背後で、アッと小さく聞こえたが、知ったこっちゃ無いです。せっかくの賄い弁当が冷めちゃうじゃん。

部屋に着くと、ホットカルピスを入れて、弁当を開く、まだ暖かい上に、良い匂いで、早速頂いていると、ノートパソコンが、ギューブーと唸り始める。大急ぎで弁当を食べ終わり、カルピスを飲みながら机に移動し、開くと、関西あたりに赤いポイントが立ち、ギューンと拡大していくのだ。

ドアの前、初老の女性が、中に話しかけている。「トオルちゃん、ママ夜勤に行ってくるね、ご飯とお小遣いはテーブルの上よ、ちゃんと食べてね」ドアの中からは、「うん」とだけ返事がある。玄関のドアが閉まり、ガチッと鍵の閉まる音と共に、先程のドアが開き、ダークブルーのジャージのデブが出てきた。(さっき公園にいた丸っこい奴じゃん)ドスドスと階段を降り、居間のスイッチを押す。カレーライスの大盛りがあり、コロッケまで乗っている。カチャカチャと食べ、小さく「旨い!旨い!」と呟いている。同時に彼は大泣きしていた。ポロポロと大粒の涙と一緒にコロッケを食っている。綺麗に完食し、食器を食洗機に突っ込んだら、また2階の自室に戻り、しばらく泣いて、やがてパソコンをつけ、デスクに着いた。ネット・・・『闇の談話室』画面には、黒いマスクをつけた男が登場している。「やあ!おはようトルック(デブの名前か?)どうした?」「レンさんこんばんは、先日お話しのバイトの事なんですが、やっぱり、お断りいたします。」「エーッ!困るなあ、就職浪人も12年目じゃあ、正直!バイトがあるだけで、ありがたいんだぜ」「はい、分かっています。ですからもう、働くのは諦めようかと」「じゃあ、トルックは、ニート継続だね!」「いいえ、レンさん、俺は消えることに決めたんです。母にこれ以上負担をかけるのは嫌なんで」「フーンでもさ、トルックは体格も良いしさ、消える時は凄く苦しむんじゃ無いかな、出来るの?」「お、俺はぁ、今まで何も出来なかったけど、やるよ!決めたんだから、だからレンさん、これが終わったら、レンさんのことも、闇の談話室も全部消すよ、さようなら」「うん、さよならトルック」データを消して、電源を落とし、風呂場へ向かった。程よい湯加減の風呂になっていて、また泣けてくる。が、泡シャンプーをバシャバシャ出して、固形石鹸もぶち落とし、これで風呂場の壁に思いっきり頭をぶち当てて、湯船に上半身を落として、思いっきり息を吸えば、風呂場の事故の出来上がりだ。ママは泣くかもしれないけど、保険金も降りるだろう、うん、大丈夫だ!

そうだ! 最後の晩餐にコンビニでプリンを買って、駐車場で食べてこよう、それと、遺書は書けないけれど、ママにせめて一言、買いて置きたい。彼はガスの元栓をしっかり閉めると。居間のテーブルに、

カレーコロッケ美味しかったです。いつもありがとうございました。ごちそうさまです。と買いた紙を置いた。

コンビニは客がいなくて、プリン一つ持ってレジに向かうと、目出し帽を被った男が、駆け込んできて、刃物を振りまわし「金を出せ」と大声を出した。店員が大きな悲鳴をあげる中、男が俺の首の横を切ったのだ。血飛沫が上がる。ああ今なら逝ける!そう思った。男は肩を掴んで膝をついた。小さな声で「友達は、お前だけだったのに」そう言った、目出し帽の目を見て俺は気がついた「レンさん、ありがとう」俺も小声しか出せないから。血でヌルヌルの最初で最後の握手をした。翌日のニュースでは、彼は亡くなっても強盗の手を話さなかったと書かれた。彼と強盗の家が近所であったことも、多分、幼馴染であったかもしれないことも書かれていた。保険金も無事に支払われ、レンくんは、闇バイトの仲介人として再逮捕されたとも報じられていた。

画面は初期画面に戻っている。

だから彼は小声だったのか、誰かに読んでもらえば、それでいいのか?と独り言を言ったら、小さく小さく、ハイと聞こえた。

おしまい


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