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「へこんだのは眼球だけ」松本光平というAIのような男の追跡記

はじめに

まず私自身の自己紹介として

33歳で大阪に在住している
ごく一般的な会社員である

趣味は釣り、麻雀、Netflix、サッカーなどなど

その中でもサッカーにおいてかなり多くの時間を今までの人生で割いているという自負がある

自身も高校までは部活動に明け暮れるサッカー少年であった

かといってプロになれるほどの実力もなく
大学進学のタイミングで引退し
それ以降は熱烈なサッカー観戦者になってしまった

私のサッカー人生で一番大きな功績といえば
中学の時に大阪市の選抜テストに選ばれて最終選考までいったことだ
(俗に言うトレセンというもの)

私は公立中学校の部活でサッカーをしていて
その学校が強豪校だったわけでもなく
大阪市の大会でベスト16に一度だけ入ったことがある程度の普通の中学だった

その私に大阪市の選抜テストを受ける資格が与えられた
顧問の先生からの推薦で
同じ中学からは私を含めた3人が参加した

他の参加者達は強豪校のエースや有名クラブチームの主力選手ばかり
大阪市内では有名な選手
いわゆる地元ではスター、天才と呼ばれる選手達がこの選抜テストを受けにきていた

私も地元ではそれなりに実力があった方だと思う
部活ではキャプテンを務めてもいた

どうにかしてこの選抜テストでも絶対に生き残ってみせると意気込んでいた

そして大阪市全体から選ばれた精鋭達が会場に集った

会場に着くと見たことのある大阪市内では有名な選手ばかり
異様な雰囲気に呑まれ
錚々たる顔ぶれに私は完全に怖気付いてしまった

大阪市内ではトップクラスの選手達を前にして
こんな中で自分は通用するのだろか
場違いなのではないか
といった不安が頭をよぎる

そんな中さらに会場の空気が張り詰める

セレッソ大阪U-15の選手達が会場にやってきたのだ

セレッソ大阪といえば誰もが憧れる雲の上にいるかのようなチームであり
ガンバ大阪と並び関西でもトップクラスのエリート集団だ

そこらの強豪校などとは住む世界が違うトップレベルの選手達が集まっている

その選手達が到着した途端に会場の空気が一変した

ただならぬオーラを身にまとい
ゾロゾロとグラウンドへと入ってくる
明らかに他の選手達とは雰囲気が違う

他の選手達が緊張した様子で準備をする中で
余裕の表情でウォーミングアップを始めるセレッソ大阪の選手

8人ほどしかいなかったが
会場にいた他の全ての選手達が
その8人のセレッソ大阪選手の一挙手一投足に注目した

ウォーミングの時点でレベルが違うがのがわかる
これがトップレベルの選手かと
ため息が出そうになったのを覚えている

その中でも一際目立った選手が2人いた

一人は当時から天才と言われていた柿谷曜一朗だ
彼はその後
日本代表にも選出されるなど
輝かしい実績を残している

そしてもう一人が松本光平だ
まず一番最初に驚いたのが彼が着替えている時に見えた筋肉だった

中学生とは思えないような綺麗に割れた腹筋、ボディービルダーのような体つきに驚愕した

集まった強豪校の選手達も
「柿谷と松本はやばい」
「あの二人はレベルは違う」
と口々に言っていたのを覚えている

そして私が二人に対して抱いた第一印象は対照的であった
ヤンチャそうで明るい印象の柿谷に対して
松本は威圧感があり近寄りがたいという印象だった
同い年だったがはっきり言って松本はかなり怖かったのが印象的だった

そんな二人を含めたセレッソ大阪の選手達に注目が集まる中
選抜テストが始まった

内容は11対11のゲーム
いわゆる普通の試合だ

私の記憶が正しければ合計で60人ほどが参加していた思う

それをいくつかのチームに分けて15分ほどの試合を何度も繰り返していく

私は第一グループに入り
トップバッターでいよいよ試合が始まる

試合をしていない他の参加者からも見られているというプレッシャーや絶対にミスをしてはいけないという重圧に押し潰されそうになりながらもなんとか第一試合を乗り切った

内容は我ながらまずまずの出来だった

そして第二グループの試合が始まり私も試合を観戦する

すると明らかに試合のレベルが数段上がっている
プレーしている選手も見たことのある地元では実力のある選手達がちらほらいる

おそらくグループ分けの時点である程度のレベル別に振り分けられていたのであろう

第二グループの試合が終わり
最後の第三グループの試合が始まる

そのメンバーは大阪でもトップクラスの選手達ばかりだった
その中にセレッソ大阪の選手が半分ずつに分かれて試合が始まった

初めて生で観るセレッソ大阪選手のプレー

衝撃的だった
とても同じ中学生とは思えないような圧倒的な実力の差に唖然とした

第三グループでプレーしている他のメンバーも大阪市内では天才的な実力を持つと言われている有名な選手達ばかり

だがセレッソ大阪の選手達は
はっきり言って次元が違った
まさに大人と子供のような実力差がそこにはあった

今まで自分のいたチームではスターのようにもてはやされてきた選手達のプライドがズタズタにへし折られているのが見ていてわかった

それほどまでの実力差がセレッソ大阪の選手達とはあったのだ

中でも相手を嘲笑うかのような柿谷の華麗なテクニック

圧倒的なスピードとパワーで相手を寄せ付けない松本のフィジカル

この二人は中でも群を抜いていた
試合前に他の選手が言っていた通りレベルの違いを見せつけいていた

大袈裟ではなく本当に異次元の存在に思えた

第三グループの試合が終わり
セレッソ大阪の選手達の圧倒的な実力を示したところでスタッフによるチーム分けが再度行われた

そして私はなんと第三グループに入ることになったのだ
セレッソ大阪の選手達と同じグループだ

第一試合の印象が良かったのか
まさかの出来事に戸惑いながらも
自分の順番を待つことに

そして2周目の第一グループ、第二グループの試合が始まる
1周目の時と同様に他の選手達は緊張した面持ちで試合を観戦している

この周りから見られているというプレッシャーも選手からしてみればかなりのやり辛さがあった

そして第三グループの試合がついに開始する
試合が始まると同時に今まで経験した事のないようなプレスの早さ、一人ひとりの能力の高さに絶望した
自分のプレーが何一つ通用しない

同じチームであった柿谷のプレーに見惚れるだけで全くついていけず
どこからそんなアイデアが出るんだというようなプレーの連発に度肝を抜かれた
華麗なボール捌き、ドリブル、パス、トラップ、全てにおいてが芸術的だった

同じチームでプレーしたが
おそらく私の事は眼中にすら入っていなかったのであろう
もはや遊びながらプレーしているようにさえ私の目には見えた

そして相手チームには松本がいた

ちょうど私と松本の間にボールがこぼれ
体を当てて競り合いに行くと
とてつもない衝撃を受けて弾き飛ばされた事を今でも鮮明に覚えている

その後も何度もボールを奪い合いに行ったが全て腕一本で抑えられて何もさせてもらえなかった

腕の強さというか、体の使い方が上手いのかはわからないが
松本の腕で抑えられると身動きが全く取れなくなってしまうのだ

圧倒的な力の差に自分とは住んでいる世界が違うとプレーしながらに思わされた

そして、ほとんど何も出来ないまま試合が終わろうとしていた

せっかくテストを受けているのだから
何か一つでも爪痕を残さなければ

当時の私は必殺技として持っていた「裏街道」というドリブルがあった

ボールを相手の側面側を通して自分は反対側を走り抜けるというスピードを活かした技だ

当時の私はスピードに関してだけでいえばトップレベルの自信があった
50m走も中学生にして6,1秒と学校の体育祭では毎回ヒーロー的な存在になる程であった私は
この技にはかなりの自信があり
今までも初めて対峙する相手には高確率で成功させてきた

最後のワンプレーでこの技を出して目の前の相手選手を一人交わすことができそうになった
だが自分よりも後方にいたはずの松本がカバーに走ってきてあっさりと私を追い越しボールを奪われたのだ

今までスピードでは誰にも負けた事のなかった私だが
いかに自分が井の中の蛙だったかを思い知らされた

上には上がいる

そう感じて結局全く何もできないまま試合が終わり私は意気消沈していた

するとそんな私のところに松本が歩み寄ってきたのだ

思わぬ状況になぜか体が硬直してしまい
あたふたする私に松本がなんと声をかけてきた
「さっきの技いいやん」
突然の会話で緊張してしまい上手く言葉が出てこない
「う、うん」
なんとか声を振り絞って返事をするのがやっとだった
「ちょっと俺もあれやってみるわ」
そう言って歩き去っていった松本の背中を私は呆然と眺めていた

異次元の存在、目の前で衝撃的なプレーを見せつけられたセレッソの選手に話しかけられ
自分が自信を持っていた裏街道という技を褒められたのだ

その事に対しての興奮と喜びが後になって込み上げてくる

この出来事が私に大きな自信をくれたのは間違いない

結局その後の試合では第2グループに振り分けられて3周目を迎えたが

松本からかけてもらえた言葉が私に自信溢れるプレーをさせてくれた
その結果、私はこの日で一番のプレーが3周目にできたのだ

そして第二グループの試合が終わり
この日最後の試合
第三グループの試合が始まった

チーム分けはセレッソの選手8人が全員同じチーム
セレッソ大阪の選手も全員が同じチームになった事でチーム内での要求が高まり合い
今まで以上にギアが上がる

2周目までは遊びながらプレーをしていた柿谷もチームセレッソになったことで真剣な表情に

さらに華麗なプレーが飛び出し続ける

そして私が最も感銘を受けたのが松本だ
なんとほんの数分前に話をした「裏街道」をこの試合で本当にやってのけたのだ

しかも完璧に相手を抜き去りゴールまで繋げていた

他のセレッソの選手達も圧倒的な実力差を見せつけ続ける

まるでプロの試合を観ているような感覚になった

結果は言うまでなく圧勝

試合終了後に合格者が発表され
2次選考へと進める選手達が出揃う

なんとその中に私も入っていた

何の実績もない無名の部活チームから2次選考へと選ばれたのだ

嬉しさと興奮で涙が出そうになるのを堪えながら2次選考の説明を受ける

だがなぜかそこにセレッソ大阪の選手達は一人もいない

それはセレッソ大阪の選手全員が1次選考のみで合格が決まったからだ

2次選考と最終の3次選考は免除ということだ

確かにそれほどまでの実力差はあったので
その場にいた選手達全員が納得していた

それと同時にセレッソ大阪の選手がいないのであれば
「次は俺が主役になれる」
と目をギラつかせている選手が沢山いた

私はその後の2次選考も奇跡的に通過し
最終の3次選考まで残ることができた
最終的な合格までは辿り着けなかったが

この大阪市全体の中から十数人に選ばれた事は私にとっては大きな功績だと思っている

後々の部活動においても
この経験をチームに還元し
より良いサッカー部を作り上げられたと思っている

結局この選抜テストの後にセレッソ大阪の選手と同じグラウンドでプレーをする機会は私の人生ではなかったが私はすっかり松本光平と柿谷曜一朗のファンになった
そして今もなお応援し続けている

それはこの選抜テストで同い年のこの2選手に魅せられたからであることは間違いない