見出し画像

【現代小説】金曜日の息子へ|第23話 断絶と再生の間で

前回の話はこちら

登場人物
神山銀次:俺
神山一止(かづと):この章では君、あるいは息子
上原栞:この章では彼女
パピ:神山家の飼い犬

一止よ…時として人は、自らの過ちと対峙する際、誰もが持ち得る二面性に気づくものだ。

かつて愛した彼女が犯した過ち―それは、俺と君の心に深い傷を刻み、同時に彼女の人となりを永遠に掴みかねる理由となった。きっと彼女は俺たちには計り知れない深淵を抱えていたのだろう。

君も知っての通り、彼女は君という愛してやまない息子を持ちながらも、家庭を顧みずに他の魅力に走り、結局は別居、そして一年後には離婚へと至った。

彼女のその行動は俺にとって、彼女が「どういう人なのか」をますます掴むことを難しくさせた。

外は秋の深まりを告げるかのように、時折強い風が木々を揺らしていた。葉が色づき始め、その色彩は彼女の変わりゆく心情を映しているかのようだった。彼女が「逢いたい」と言ってきたのは、そんな季節の変わり目のことだった。

俺は昔なじみのカフェ「若王子」で彼女を待った。ガラス越しに見える風景は、夕暮れ時のオレンジ色に染まり、人々の影が長く地面に落ちていた。店内にはジャズが流れ、柔らかな照明が心を落ち着かせる。

「何を話すっていうんだ?」俺はコーヒーを一口飲みながら問いかけた。カップから立ち昇る湯気が、俺の視界を一瞬ぼやかした。

彼女の目には映らない涙が光っていた。「息子のこと、銀次さんのこと。それと…私たちのこと。」彼女の声は外の風のように揺れていた。

カフェの外で葉が舞い、落ち着いた音楽がその場の緊張を和らげてくれた。でも俺たちの間の空気は、音楽よりもずっと複雑だった。

彼女が口にする言葉は、夜空に瞬く星のように一瞬の輝きを放ちながらも、彼女自身の不確かさと脆弱性を暗示していた。カフェから漂うコーヒーの香りは、かつての温かな記憶と、今は冷めた関係のギャップを際立たせていた。

窓の外の木々が形作る複雑な影は、俺たちの過去の関係の糸を象徴し、その絡み合いが解けない絆を表していた。彼女が窓の外を歩く家族連れを見つめる目には、遠い昔に放棄した家庭の幻影が浮かんでいるかのようだった。

時々でもいいから彼女は俺に逢いたいと云う…俺はあまり乗り気はしなかったけど、彼女の本音がいつか知れるような気がしたのかもしれない。だから、彼女へ君が成長するたびにしていた報告は俺自身の中に残る繋がりの欠片を求める行為だったのかもしれない。

残酷な時間の流れの中で過ぎた日々や起きてしまった事実は変わらないのだから、『もしも、元に戻れるなら』などと思うことはない。だけど別れ際の彼女の名残惜しむ姿は、俺がまだ彼女の心の奥底に何かを見出したいという願望を映し出していたのかもしれない。

彼女が母親としての責任を放棄し、息子に対しては興味を示すようでいながらも、その目には何かが欠けているように見えた。それは愛か、罪悪感か、あるいはただの義務感か。

そして、彼女は結婚を望まないと言う。しかし、その言葉が俺の耳には矛盾して響いた。なぜなら、彼女から養育費などの申し出は一切なかった。だから、彼女の言葉と行動は結びつかず、俺にとっては、その距離感が彼女への理解を一層困難にした。

その理解の難しさは、俺自身の心にも影を落とすことになった。いや、単純に言い訳か、そもそも俺という人間の本質なのかもしれない。俺は君を男でひとつで育てながらも毎月のように新しい相手を探し、1~2度の関係で終わっていた。

いくつかの関係は数ヶ月続いたかもしれないが、結局はすべて砂上の楼閣となり、俺は再び独りに戻った。独りと言っても君とパピがいるので全く孤独ではなかった。しかし、心の満たされない欠けた何かが埋め合わせをしようと本能が疼くのだ。

家族とはもう一度築くことができるものなのだろうか?俺はその問いに答えることができずにいた。子供にとっての父親であり続けること、それが俺にとっての唯一の家族だった。

家族を定義することは、俺にとっては永遠の課題であり、俺の孤独は、彼女との関係に埋められた深い空虚を照らし出していた。俺は、家族という概念を探求し続ける中で、自分自身との和解を求めていく。

そこには、俺がこれまで避けてきた自己反省と、彼女への理解への渇望が存在する。それが俺にとっての新たな出発点となるのだろうか。俺の物語はきっと、家族とは何か、そして過去の選択が現在にどのように影響を与え続けるのかを探求する旅なのだ。

俺と彼女の間の不可解な絆は、時に痛みを伴いながらも、俺の内なる成長を促すものとなる。家族とは、単に血の繋がりを超えた、人々が互いに投影する深い感情の複合体であることを、俺は徐々に理解していくのだ。

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!