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『短編』夏が・・・くるっ!

暑い・・・ただただ暑い。暑さが厚くて熱い・・
いやそんなことはどうでもいいのだ。この暑さの中私は買い物を終えて家に帰る道中。
早くしないとアイスが溶けてしまう!!!
それは避けねばならない、夏のアイスがないと死んでしまう。
アイスが好きだから死んでしまうのではない。”夏にアイスを食えないという状況”により死んでしまうのだ。
それは冬の雪見だいふくだったり、海で食うカップラーメンみたいなアレだ。
要するに雰囲気を喰っている。夏はそのための舞台でありアイスは主役だ。
その主役が溶けてどうすんだ!!!!

いつもより早足で駆ける。蝉が五月蝿い、いや蝿じゃなくて・・
いつもの横断歩道を渡って、いつもの公園を通る。

「ねぇ、何急いでんの」

あぁ出たよアイツだ。皮肉屋が出た。
「ちょっと話してかない?太陽も照り付けてるし木陰にでも」
俺は皮肉屋には逆らえない。
「ちょっとだけだぞ」
彼女はニヤッと口角を上げる。嗤って笑って嘲って、それが彼女の表情であり感情。皮肉屋の名に相応しい。
公園の木陰のベンチに座った俺たちはいつも通りに喋る。
「ねぇ、夏といえば海だけれど、海にも月はあると思う?」
「ねぇよ」
「正解はあるでした」
「・・・」
どうせ何らかの言葉遊びだ。
「ヒントは始まりであり最後には何も残らない」
「クラゲか」
「そう海月、5億年前から存在していて人間の大先輩、私たちは圧倒的な後輩だね」
「その考えだとゴキブリにも頭を下げなきゃいけないんだが」
「先輩に頭を下げなきゃいけないルールなんてないんだよ。ゴキブリは尊敬に値するけどね」
「どこが・・?生命力強いところか?」
「新聞紙で叩けば死ぬところ」
・・あっそう。
「話を戻そうか、海月について君はどう思う?」
「どうもこうもクラゲはクラゲだろ」 
「海月という生命体はね、死ぬと海に溶けてなくなるの、死体が残らないんだよ」
「知ってるよ」
「それって素晴らしくない?人間死ぬ時でさえ迷惑がかかる。なぜなら死体が残るからなんだよ」
「クラゲは死体が残らないから迷惑がかからないと」
「そう、君も迷惑かけてばかりなんだから海月をもっと尊敬なさい」
すごく遠回しに死ねって言われてないか?俺。
これも彼女なりの皮肉な気がする。
「まぁ誰にも迷惑をかけないということは孤独と同義なのだけれど」
「知らないよ」
俺はベンチから立った。もう帰りたい。
「つまりだね、迷惑をかけないように生きるということは孤独を貫くということと同義なんだよ」
「じゃあな、もう行くよ」
「逃げ続けても地球は丸いからいずれ戻ってくる」
くだらない比喩だ。
俺は歩き出した。
もう6年経った。
まだ花は買っていない。
アイスは溶けていた。
皮肉屋はもういない。
残るは蝉の声。


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