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【極超短編小説】裏:輝きの中へ君は行く。そして僕は夢を見る④

 彼女はハイヒールを脱ぐと、運転席の後ろに放り込み、僕に助手席に座れと指さした。彼女の車は車高が低くてひどい乗り心地だった。道路の凸凹が直に体に伝わる。アクセルを吹かすとエンジンは唸り、同時に爆発するような排気音が耳をつんざく。
 「この車……、凄いね」
 僕は車の激しい動きに舌をか噛みそうになりながら、排気音に負けないよう大声を上げる。
 「いい音でしょ」
 そう言う彼女の横顔は嬉々としている。
 二人を乗せた車は週末の賑やかな町を離れ、すれ違う対向車は次第に少なくなっていく。
 夜空を切り取った真っ黒な山の影が、視界の中で少しずつ大きくなって迫ってくる。車は『北』の峠へと向かっていた。町から遠く離れて、街灯はもう見当たらない。夜の闇で淀みなく回転するエンジンを邪魔するものは何もなかった。



 麓からの登り坂を車は速度を落とすことなく駆け上がっていった。気づくと僕はヘッドライトに照らされるフロントガラスの向こう側ではなく、運転席の彼女を見ていた。
 クラッチを蹴り、シフトレバーを操作しながら右へ左へとハンドルを切る彼女に躊躇は微塵もない。車を操ることに高揚しているのが伝わってくる。そして彼女の内面と呼応するように急カーブでは後ろのタイヤから悲鳴のようなスキール音が発せられ、タイヤの焦げる匂いがした。
 彼女と車は溶け合って一体となり、際限なく加速していくようだった。前方に時折現れる赤いテールライトは、僕たちの車が近づくともれなくハザードランプを点滅させて道を譲った。


 峠の展望所は駐車スペースが3、4台分くらいで、こじんまりとした木造のデッキから、高い鉄塔を中心にして広がる町を一望できた。その夜景は静かで、僕を魅了した。僕の深いところにある何かに触れたからだ。その何かは取り出すことのできない、僕自身と混じり合ったものだろう。
 「いい眺めでしょ?」
 柔らかくてキリッとした声が隣から僕の耳をくすぐった。
 「そうだね、本当にいい眺めだ」
 そう言って僕は彼女に振り向くと、彼女は夜空を見上げていた。彼女が言ったのは夜空のことだった。僕は少しバツの悪さを感じながら、彼女と同じように夜空を見上げた。
 満天の星空に目を奪われた。零れ落ちそうなくらい星の光が溢れていた。決して届かないと分かっていても、思わず手を伸ばさずにいられなかった。
 「わたしに何を望んでいるの?」
 彼女は僕の目を見ていた。
 「僕は君を見ていたい。君を見ていてもいいかな?」
 彼女の瞳の中にある光は町の光なのか、それとも星の光なのか、その時の僕には分からなかった。
 「あなたを愛してもいいなら……」
 そっと息を吐くように彼女は言って、僕の唇にくちづけをした。


(つづく)

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