VTuberの魅力
私は1月末に仕事を辞め、4月まで無職生活を送ることになった。
この時間を使って普段できないことをやってみる、というほど私は人生に積極的ではない。基本姿勢が怠惰である私は、無から面白いことが湧いてくることを祈ってばかりであり、何かを勝ち取ることや競争と対極に居続けたいと常々考えている。
そんな私に娯楽を提供してくれるのはインターネット上の無料コンテンツである。その中でも視覚と聴覚のみで面白さを享受できる動画コンテンツが私の人生の空き時間を埋めてくれている。大変ありがたい限りである。
無職である私の一日はPCを起動することから始まる。ネットニュースを斜め読みし、YouTubeとTwitterを起動する。そうして、食事やトイレ等の人間生活以外の時間を動画鑑賞とTwitterのつぶやきを眺めることに費やすのである。
私はアニメや漫画、ラノベやエロゲで人生を学んできた人間であり、そういった文化の変化をそれとなく観察している。いつのまにか量産された異世界転生ものなどから、一度人生を捨てて異世界でチート生活を送りたいという日本人の精神的限界性をお察しするなど、オタク文化は世の中を測定する物差しとして活用できるのだ。
初音ミクが登場し、様々な曲が作られ、果てはホログラムを用いた音楽ライブが開催されたことはとても印象的であった。
これまで創作物のキャラクタに恋をしようとも、意中の相手は決して返事をすることはなかった。そうであるから人は恋愛ゲームを作ったり、同人誌にてその思いの丈をぶつけてきた。しかし、恋愛ゲームには明確なエンディングする。同人誌はどうしても作品の世界観に引っ張られるし、自分自身が物語に介入しずらいという欠点があった。創作物の世界と現実世界には越えられない壁が存在するのである。
ボーカロイドはその壁を一部突破した。魅力的な見た目のキャラクタ、声優が提供する声。そしてそのキャラクタが歌う曲は現実世界の自分が提供する。創作物と現実世界が交差したのである。作曲者によって全く違った姿を見せるボーカロイドに界隈のオタクは熱狂し、魂の存在しないボーカロイドは偶像として活躍したのである。
しかしながらボーカロイドは意思を持たないため会話が難しい。人間が入力した以上の挙動が出来ないのだ。ここでも創作物と現実世界との間の壁があったのだ。
オタクたちは新たな救済を求めた。意思を持ち、返事をくれる虚構の存在を。その要求に一定の答えを提供したのが、アイドルマスターやラブライブ等の、キャラクタの成長を現実世界で共有するというコンテンツである。キャラクタそのものをアイドル化させ、現実世界でキャラクタの声優がライブを開催する。昔からあるアイドル産業を取り入れることで爆発的な金を生んだ。ライブでのコールアンドレスポンスや握手会等により、キャラクタと現実世界との距離が極小になったのだ。
では虚構と現実の差はなくなったかと言えばそうではない。自分の好きなキャラクタがライブで歌を歌っているが、それはあくまで声優が演じている。どうしても現実の声優という要素が混じってしまうのである。声優自身が送ってきた人生、経歴に意識が引っ張られる。当然ながら、声優は様々なキャラクタの声を演じているし、私生活もある。キャラクタに魂を求め、すでに独立した物語を持つ人間を起用したことにより生じた問題である。声優自身の知名度や人生がキャラクタの独立した個としての存在を阻害してしまったのだ。
上記の問題に対する一つの答えばVTuberである。現実ではありえない創作物ならではの美麗な容姿に、専属の声と人格。現在進行形で更新されるキャラクタ独自の物語。コメントやスパチャによってキャラクタの物語に直接介入できる。自分自身がキャラクタの物語の一部になれるのだ。求められてきた理想の偶像である。
VTuberは自身の過去を話したり、ゲームや歌、その他日常生活を通じて個人のキャラクタを発信していく。個人の人生を共有していくことで、確かな人間性を形成し、質感のあるバーチャルな偶像が出来上がっていく。演者とファンが作り上げる共同の幻想、夢そのものである。そしてこの夢は、演者の引退かファンが離れるかしない限り終わらない。キャラクタの人生そのものがコンテンツであるからである。
モーションキャプチャの技術が向上し、一般家庭でもそれらの機器が購入できるようになった。TVを観る人口は減り、ネットの動画サービスの人気がどんどん高まった。コロナにより人は室内での娯楽に飢えていた。様々な条件のもと、VTuberの人口は増え、認知度が上がり、人気を博してきた。知識があればバーチャル空間に異世界転生できる、かつては想像上の世界が現実になっているのである。
おそらく今後は、VTuberによるVR空間でのタレント活動が盛んになると思われるし、AIによって疑似的な魂を宿した本物の偶像が台頭するだろう。虚構と現実が重なった理想郷。とても興味深いし、見てみたい世界である。多分、そんな未来はわりとすぐに訪れそうな気がする。
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