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鈴木さんと私

「いらっしゃいませ~アツアツ・ジューシーな○○チキはいかがでしょうか?お子さんへのお土産にされてもきっと喜びますよ~」
「昨日のあの事件、本当に物騒ですよね~」
「いや~にしても良い天気ですね。」

何か変わった人だな。私がコンビニバイトを始めて間もない頃は、鈴木さんの事をそう思っていた。見ず知らずのお客さんにも平気で世間話をするし、独り言も激しい
「ありゃありゃありゃ、、、賞味期限これ1週間も切れているじゃない」
周りにお客さんがいたとしても、鈴木さんからしたらなんのこっちゃない。
鈴木さんが奥の冷蔵商品辺りにいる時でさえ、レジの私まではっきりと声が聞こえるので、もはや独り言のレベルではない。まだそれだけではない、「大丈夫ですか?」と声をかけてしまう程、嗚咽するように咳をする。
勿論、店舗内にいるお客さんの視線も鈴木さんの方に集中する。私はそんな時鈴木さんに声をかけるが、決まって
「大丈夫大丈夫、もう先もそんなに長くねーし」
と言う。そんなこと言われると
「先長くないって、、何か持病を抱えながら勤めているから嗚咽するように咳もしているって事か?」
なんて心配も生まれてしまう。まあ要するに鈴木さんと一緒に働くのは嫌だった。


「あ?20歳以上だって言ってんだろ、ふざけてんのか?」
当時私が勤めていたコンビニは年齢確認のルールが厳しく、20歳以上だとしても場合によっては、写真付きの身分証明書を提示してもらう必要があった。なので、それに伴ったお客さんとのトラブルは度々起きていた。
鈴木さんと一緒になった日にも、それは起きた。
「ほかの店では、そんな事してねーんだよ!」
「すみませんが、当店ではそういうルールでして、、」

私が対応に困っているその時だった、
「警察からの指示の元そうしているので、出来ないのであれば出てって頂けますかね!?」
隣のレジにいた鈴木さんが、かなり強い口調でそう言った。そしたらそのお客さんは、たばこを叩きつけ帰っていった。私は鈴木さんに助けてもらったのだ。高校生の私には怖気づいてしまいそうな到底出来ないことを、鈴木さんは軽々とやった。それ以降、私は鈴木さんに対して少しずつ尊敬の念を抱いていった。

「あ~お菓子が全然無いな!これ店長に急いで言わなきゃな!」
相変わらず、鈴木さんの大きい声がレジにいる私まで聞こえてくる。
ただ最初の頃とは違い、
「そういうのに気付いて、すぐ店長に連絡するなんて凄いな」
と、180度鈴木さんに対する捉え方は変わっていた。そして気付けば、私が一番尊敬する先輩になっていた。
「鈴木さん、この硬貨あまりにも汚いので使わない方がいいですかね?」
「そしたら、レモン水に漬けとけば綺麗になるよ」

鈴木さんは、私の知らないような雑学知識を沢山教えてくれた。またお客さんにもガツンと言ってくれる鈴木さんは、とても頼もしく、これが大人なんだとも思っていた。


それは突然だった。
「最近鈴木さん見ないですね」
「あれまだ聞いてない?いやうちも本当にびっくりしたんだけど、、、」

いやまさか。先も長くないって冗談じゃなかったのか?そんな思いが脳裏をよぎる。
「実は鈴木さん、レジのお金を盗んじゃったみたいで、、、それが店長にバレて、、」
思いもよらぬ展開に私も何と言ったらいいのか分からなかった。鈴木さんが健在だった事に勿論安心したのだが、、、盗み? 聞いた瞬間私は、
「んっ?盗み?じゃあ生きてはいるって事?良かった、、良かったのか?」
情緒がおかしくなった。


やってはいけない事をしたのは間違いない。もし、また鈴木さんと一緒に働くとなったら今まで以上に距離も置かざるを得ないし、常に疑いの目で見てしまうかもしれない。でも鈴木さんに対する感謝の思いはこれからも変わらない。今でも鮮明に残っている、あの嗚咽するようにする咳。鈴木さんが今も尚健在で、あの頃のように独り言を呟いていたら嬉しい。「呟く」というレベルではない声量だが。


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