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父を想う

今日、私が幼い頃お父さんとよく魚を捕っていた池に行った。
休日ということもあり私がその池に着いた頃には、既に沢山の親子連れがいた。
なんだか昔の自分を見ているようで、当時の光景が鮮明に頭に浮かぶ。
父「泰君見てみ。いっぱいクチボソがいるよ」
そういえば、小学校高学年まで一人称「泰君」で、意地悪な6年生から
「お前まだ自分の事君付けしてるんだ。これから虐められるよ?」
なんて言われ、当時の私はそれを真に受け必死に変えようと練習したな。
でも「俺」と言うのは性に合わなかったのか、「うち」と呼ぶようになり、結局それも中学でいじられ最終的に「俺」になったのだが。
そんな昔の事を連想ゲームのように思い出しては、懐かしんだ。

池の周りも歩いた。周りは草木が生い茂っていて、いくつかの遊具もある。
魚を捕るのに飽きたら、周りでバッタやカマキリを捕り、それにも飽きたら遊具で遊ぶ。当時はそんな流れで楽しんでいた。
男の子「お前時計持ってるの?」
女の子「持ってない~」
男の子「俺は持ってるよ」

近くを通ったぱっと見、小学1年生位の男の子女の子ペアが可愛いマウントの取り合いをしていて、なんだかほっこりした。
「中学でやっと"俺”と言えるようになったのに、この子は、、」
となんだか負けた気もした。

さらに進むと、トカゲを捕ろうとしているお父さんとお子さんを発見。
お父さんは麦わら帽子を被っていて、スルスルスルと移動するトカゲを少年のように目を光らせ、一生懸命捕ろうとしていた。
なんだかお父さんと言うよりかは、歳の少し離れた友達のように見える。
お父さんが少年時代にタイムスリップしたかのように、お子さんと一緒になって捕ろうとしている姿が無邪気に見えたからだ。
将来子供が欲しいと今まで強く思ったことは無かったのだが、そんな光景を目の当たりにして少し響くものがあった。

道を進めば進むほど、色々な昔の記憶が蘇る。
それと同時に、今の私は当時の私へ堂々と胸を張って「私はここが成長しました」って言えるのかな?なんて事も思った。
そんな心配すら生まれないように、これから生きていかなきゃな。

その後はベンチに座り池を眺めていた。親子連れが魚を捕ろうとしている光景を見ると、やっぱり頭には私のお父さんが浮かんでくる。

母「寒い寒いって。 室内はクーラーが効いてるから袖の長い服を着たら?って何回も言ったじゃん!」
父「いや、こんな寒いとは思わなかったんだって」
母「思わなかったって、こういう事初めてじゃないじゃん!今まで何回もあったでしょ?ただでさえ寒がりなんだしさ!」
父「まあ、、、そうですね、、、すみません」

お父さんはお母さんによく怒られる事が多かった。
少し可哀想で、守りたくなってしまう程に。
別にお母さんもお父さんを嫌っている訳ではないのだが、お父さんは失敗を次に活かす事が出来ない人なので、同じ過ちを繰り返してしまうという事で感情も高ぶってしまうのだろう。
だとしてもだ。お父さんが一家の大黒柱である事に変わりはない訳で、
お父さん無くしては何も成り立たない。
そんな人が、強く叱られて多少言い返したとしても最終的には折れて謝る。中々出来る事ではないだろう。更にだ。
「これ良いモンブランだよ、ほら!悪くならないうちに!」
お父さんは嫌になる程お母さんから色々言われているはずなのに、定期的にケーキをプレゼントしていた。
ただ純粋に美味しいケーキを食べてもらい、美味しいと喜ぶ姿が見たくて
決してよく怒っているお母さんの、機嫌を取る為ではない。
お父さんの表情と立ち振る舞いを見ていれば分かる。
きっと今すぐにでも「美味しい!」喜ぶお母さんの姿が見たいのだろう。
食べて!食べて!と言わんばかりに「悪くならないうちに」「フォーク持ってこようか?」と焦るように言う。
でも、当時の私はまだまだ子供だった。
「せっかくプレゼントしているのに、なんだか不格好な振る舞い。もっとスマートにやればいいのに」
そんな風にしか当時の私は思えなかった。

いい時間になったので帰る事にした。
帰り途中も、ずっとお父さんの事について考えていた。
私が子供の時はお父さんの事を、お母さんに何か言われては謝るだけだし、気弱でなんだか頼りがいが無い、身長も私より低いしパッとしない
正直そんな風に思っていた。
授業参観や運動会でも、周りの友達に見られるのが少し恥ずかしかった。
でも今は全くそうは思わない。
私も仕事をしてみてお父さんの偉大さがわかった。
ただでさえ仕事でストレスが溜まっているはずなのに、そこから帰宅してお母さんに怒られる事もしばしば。それでも、お母さんを立て続け感謝を忘れない。
今は私にとって自慢のお父さんだ。


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