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【おじいちゃんと布袋さん】

物心ついたときから牛頭町のおじいちゃんの家の飾り棚には布袋さんがいた。

約40㎝程の高さのその布袋さんは、瀬戸物の茶色の布袋さんで、大きな袋を後ろ手に、小顔で、口を少し開けて微笑み、ふくよかなお腹とおっぱいが、打ち合わせた衣の間から見えていた。


布袋さんの膨らんだお腹とおっぱいの様子が牛頭町のおじいちゃんとそっくりだったので、私は小さい頃、これはおじいちゃんだ(おじいちゃんを模して造られたものだ)と思っていた。


笑っている布袋さんの口にお金を入れると、お腹に落ちて貯まっていく貯金箱になっていた。


おじいちゃんは外出先から戻ると、履いているズボンのポケットを探り、硬貨があれば取り出し布袋さんの口へ入れていた。

私がいる時には、「はな子ちゃん、ようお越し。布袋さんにこれ入れるか?」と言って私に小銭を持たせてくれ、私は嬉々として布袋さんの口に硬貨を入れた。
時にお札が混じっている時があり、そんな時には「おじいちゃん、千円札もあるけど、ほんまにこれ入れていいん?ほんまに?ほんまにほんまに?」と何度も何度もおじいちゃんに念を押し尋ねる私に、おじいちゃんは嫌な顔一つせず、笑顔で「ええよ。」「ええよ。」と言った。


布袋さんのお腹に落ちた硬貨は、チャリン、チャリンと良い音をたてて落ちるので、私は布袋さんのお腹に耳を押し当て、硬貨を持った左手で布袋さんの口を探りながら硬貨を入れたり、お札は音がするのかとお札を入れる際にも布袋さんのお腹に耳を澄ませた。


ある年の年末。いつものように牛頭町へ行くと、おじいちゃんが雑巾を持って拭き掃除の最中だった。布袋さんは既に綺麗に磨かれ、ツヤツヤと光り輝いていた。

「はな子ちゃん、一回な、どんだけ貯まってるか、銀行に持っていってみようと思てるんや」というおじいちゃんに、「え、この布袋さんを持っていくの?」と私のあまりに驚いた様子に、おじいちゃんはすぐに「布袋さんごとと違うで、お金だけ出して
な、袋入れて持っていこうとおもてるんや」と教えてくれた。私は「え、布袋さん、割ってしまうの?!」とこれまた驚いて言うと「いやいや、底にな、出すとこあったと思うわ。」とおじいちゃんが言うのを聞いて、安心し、「持っていったら、いくらになったか教えてな」と布袋さんを前に二人でニヤニヤしながら話したりした。


違う年の年末には、お正月に、孫たちが揃ったところで、この布袋さんにいくら入っているか。当てた人に全部あげるというおじいちゃんの正月特別企画が開催されたこともあった。


こうたろうおじちゃんは「子供だけなんてズルいなぁ」と言っていたが、おじいちゃんは意に介さず、実施された特別企画は、残念ながら、当たりは出なかったのだけど。


ある日いつものように牛頭町にき、いつものようにおじいちゃんの居るリビングに腰を下ろす。

が、なんだか、へんな感じで、その違和感が何かわからず、気のせいかと思うのだが、いや、やはりいつもと違う、と私はその違和感の原因を探し始めた。ゆっくり、じっとあたりを見まわす。
ゆっくり、ジー―――っと、
するとようやく、『あ、布袋さんがいない!』ということに気が付いた。


「おじいちゃん、布袋さん居てないんやけど、どこいったん?」と聞くと、「それがやな、割れてしもたんやし。掃除の時にちょっと移動させよう思ったらやな、落としてしもてやなぁ。えらいことしてしもた」とおじいちゃんは言った。


このように思いがけずお別れすることになった布袋さん。それから、おじいちゃんは、後継の布袋さんを折々に探していたようだが、二代目の布袋さんは見つからず、貯金箱は、その時々で、簡単なプラスチックの貯金箱になったり、100万円と書かれた缶の貯金箱になったりした。


あの布袋さんにもう一度会いたいなぁと当時はなかったネット検索でこのところ調べてみたのだが、同じような布袋さんは見つけられなかった。

『見つからなくてよかったのかもしれんね、おじいちゃん、思い出のあの布袋さんだ

けで良かったんかもしれん。』と私は思い直した。

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