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顔があたらしくなる

「最近は学校では自分で考えて行動してよく頑張っているんで、話すことがないんですよ」
から始まった息子の個人懇談。
えー、話すことがないって、笑。
30分ある懇談時間、どうしましょうかね、、、
「そんなわけで、家庭で困っていることとか、何かありますか?」

今日は私のグチでも聞こうと先生は気遣ってくれたのか、いきなり私が話す順番になった。
これまでの個人懇談で、なかったことだ。
先生からの話が9割で、最後に「何かありますか?」とは違って新鮮だった。

そうだ、忘れないうちに言わなくちゃ、と懇談であらかじめ話そうと思っていたことを伝えた。
「先週、唐突に息子が『Y先生がグループかえてくれた。だから体育できて、うれしい』って言うんですよ。だからそれは自分で先生に言いなさい、と言ったんですけどね……」

今年の夏休み1日めは、7時間の側弯症の矯正手術だった。
そこで、手術した脊椎に衝撃を与えてはいけないので、約1年間は走ることをはじめ、運動は禁止になった。
だから2学期から体育は見学だねと息子には言っていたのだが、先生からの提案で違うグループに代わって、脊椎に負担をかけないようにしながら体育ができることになったのだ。

4年前に同じ側弯症の手術をしたときは、地域の小学校に通学していて、体育は1年間見学だった。
息子にとって拷問のような時間だったと思う。
そして2回目の体育禁止令(ほぼ1年間)。
私が学生だったら、ものすごく辛い(体育大好き人間だったから)。
そんな息子に救いの手が差しのべられたのだ……
運動というような活発な動きはできなくても、みんなと一緒に体育ができる。
息子はそれがうれしくてたまらないのだと思う。

おかげで手術後に心配していた運動ができないストレスによる、パニック症状はほとんどない。
「それは、(息子が)成長しているんですよ」とY先生。
自分が提案したからではない、と。
いやいや、先生が考えて動いてくれなかったら、変わりませんよ(と心の中では言っておいた)。


「成長といえば、自分の言葉で表現することが増えてきた気がするんです」
昨日は入院中に出会ったMくんの病院受診日(外来)で、Mくんに会いたくて息子と一緒に病院へ行った。
退院して以来の2カ月半ぶりの再会で、息子はご機嫌だった。
帰宅してからもMくんと会えて良かったね、楽しかったねと話していると、
息子は
「Mくんママ、最初わからんかった」
「顔があたらしくなってた」
「いつもとちがってた」
と言った。

息子の言葉を補足して要約すると、
「入院中はスッピンだったMくんママがメイクをしていて別人になってて、久しぶりに会ってわからんかった」ということらしい、笑。
要するにキレイだったと。
私がずぼらで、メイクをしても変わらないから、別人になるキレイな人を見たことがないのよね(ちょっと責任を感じるわ)。

でも「顔が新しくなる」って、わるくない表現だ。
間違ってはいないし。
自分が持っている言葉で表現するって、こういうことなんだなぁと感動した。
そして笑った。

さらに息子は夫に
「ダットは、おじいさんでカッコ悪い」と言った。
Mくんのパパが若くてカッコよかったから、らしい。
夫は、息子にひどいなーと言いながらも、あとで「そんなことを言えるなんて、成長したな」と喜んでいた。

学校の個人懇談で何を話したかは、私にとってはあまり重要ではない。
それよりも、言葉のキャッチボールをしながら、「そういえば、こんなことあったんですよ……」と話すなかで思いがけずに気づくことや発見があったりする方が勉強になる。
また、そういう雰囲気の方が、悩みも話しやすい。
今日の懇談は、あっというまの30分だった。
というか10分超過していた……。
先生、すみませんでした。

手術後に学校等へ提出するために書いてもらった診断書


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