『 普通ということ 』 . 「 美術の世界 」
『 はじめに 』
「 普通ということ 」の価値などと言い出しても、およそ世間の流れに逆行するようで、今の人に賛同されない事は重々承知の上なのですが、長い事いろいろのものを観て、いろいろな経験をし、いろいろと考え続けて行く中で、どうもこの事がとても大事なもののように思われ、どうしてもこの事を書いておきたいという想いに駆られ、自分の書けることだけでも書いてみようと思います。
私は小さい頃から、どういう訳か 普通のものと言いますか、表だったものではなく、縁の下の力持ち的な渋いものに魅かれる性質があったようで、例えば野球選手でも四番バッターのスター選手よりも難しいバントを決めても当たり前のように戻って来る渋い二番バッターの方が好きでしたし、セカンドの名守備の評価の「本当のファインプレーは一見ファインプレーに見えない、普通のプレーに見えるプレーだ。」などという価値観の方により強く魅かれるタイプだったようです。
バレーボールでもエースアタッカーよりあまり目立たないセッターや守備の好プレーの方により注目してしまいます。
映画の俳優にしても主役のスターより、渋い脇役の俳優の方が好きで、あまり目立つ事がなくとも上手い演技で映画を支え、見ごたえのあるものにしてくれる仕事により関心してしまう者です。
そんな私ですが、美大に入った頃はおそらく誰でもそうだと思うのですが、やはり芸術家に憧れ、芸術家を気取った気分がなくはなかった様に思います。しかし、もともと上記のような価値観の人間だった為か、その様なものよりも、ただいい絵が描きたいという気持ちの方が強くなって行った様です。
しかし、美術の世界は当然ながら個性重視の世界であり、独創性や斬新な表現という様なものを求められる世界であるという事は誰でも知る通りでしょう。その様な要素が強ければ強いほど、大きければ大きいほどそのものの価値は高くなるという事が一般的な常識の様です。
しかし、もともと自然が好きで「自然の世界」を表現したいと思っていた私はそのような傾向に違和感を感じ始めました。そのような西洋の個性重視の世界よりも、「自然の世界」を理想のものとしていた東洋の造形表現の方により強く魅かれていくようになるのは自然の流れでした。そして東洋の世界、日本の文化(美意識、価値観)を知れば知るほど底の知れない程の深い世界である事を知らされる事になります。
そしてそれは民藝(民衆の造形)の世界を知ることにより、ますます決定的なものになっていきます。民藝の世界を知って以降、古今東西の美しいものを見て行くと世界の古造形はほとんどが天才のものではなく、工人達が造ったものだという事実に気付かされるのです。
『 美術の世界 』
美術という言葉は、実は西洋のルネッサンス以降の18世紀頃に生まれたものに過ぎません。美という概念自体は古くギリシャ時代からあったようですが、現在一般的に使われている芸術、美術とは、芸術の為の芸術( l'art pour l'art )であるべきとの思想から生まれた言葉だそうです。日本ではさらに遅れて明治時代に fine art の訳として使われ始めたに過ぎず、さらにこの言葉の厳密に意味するところはいまだに確たる決着がついていないほど複雑になってしまっているようです。
しかし、ルネッサンスに偉大な天才たちが現れ、これまでに見たこともなかった偉大なものが創作され、人々はこれに驚嘆し、称賛し、憧れるようになったのは確かな所であり、また自然な流れでしょう。
天才の仕事に憧れ、これを目指し、「 美のための美 」という理想を掲げ、工人が造るような実用的なものではなく、さらに次元が高いとする美術という特殊な世界を造り上げていったことは間違いない事のようです。
どうも人々はこの美術という新しい言葉、理念、新しい世界、新しい理想に幻惑されてしまったようで、これ以降残念なことに美術家の創るものは、工人達の造るものより一段価値の高いものとする価値観が定着し、美しいものは美術家が創り出すものだという固定観念が出来上がってしまったようです。
しかし、このような歴史的な概念や言葉の定義にはあまり興味はありません。それより実際の美しいものを前にするとどのような世界が広がってくるのでしょうか?
本当に美術のみがそれほど高度な美を産んでいるのでしょうか?私たちはここで理念や概念ではなく、実際の自分の眼で、自分の美意識でものを観なければなりません。西洋で言えば、古代の遺跡群や彫刻群、中世の見事な建築、彫刻、装飾群、それらは誰が造ったのでしょう?また古今東西のあらゆる民族から生まれた民族衣装は天才デザイナーの作でしょうか?世界中に現存する誰がみても圧倒されるような見事な古建築群(中世の街並み、民族家屋)は有名建築家の作でしょうか?
そうでない事は誰でも知っているはずなのに、どうして人々は美は美術家が生み出すものと思ってしまうのでしょうか?そしてそれらのものさえ古代美術、中世美術、民族美術という名で呼ばれ、どうもこの辺りの境が曖昧で混淆され、正確な実像が分からないものになってしまっている気がします。この、美しいものは天才、美術家が創り出すものという固定観念を崩すことは中々容易なことではないようで、以前テレビを見ていると、有名なスペインのアルタミラ洞窟壁画について、西洋のある学者が「これは一人の天才が描いたものだ」と言っているのを聞いて驚いたことがあります。とするならその他の優れた壁画はもちろんのこと、世界中に残る無数の美しい古造形は全て天才が造ったもので、それだけの無数の天才達が世界中に存在したというのでしょうか?どうも非現実的なような気がするのですが. . . .
この固定観念、偏見を正そうとしたのが、実は日本において行われた『 民藝運動 』の大きな仕事だったのです。
『 日本における民藝運動 』
民藝運動とは、大正時代に哲学者 柳宗悦氏達によって提唱された 工藝運動、精神運動であり、民衆から生まれた工藝群は美術家である天才の作を凌駕するほどの美しい作物を生み出して来たとする工藝の世界を紹介し、啓蒙を広める運動です。
卓越した眼の持ち主であった柳氏の眼によって世界中から見出され、蒐められた工藝品の その美は哲学者であった柳氏によって思索され、民藝の美(平常の美、健康の美)こそ美と言われるものの中で最も本質的なものだと考えられるに至りました。
そしてその美はさらに追求され、そうしてたどり着いた美の諸相とは美醜二元の葛藤から解放された「自在の美』、「無碍の美」と呼ばれ、これが柳氏の晩年の「仏教美学」となって結実することになります。
それらの諸相とは、古くから禅によって追求され、体験され、主張されて来たものです。中国で完成した禅の世界の最終的な境地は「無事無難」、「平常心」、「如」であるとされ、これが東洋の価値観の究極であるとされているのです。
そして柳氏によって見極められた民藝の美とは、これれのものと同じ相を宿していると体得されるに至りました。
それらの美は、異常なもの、特別なもの、非常なものではなく、極めて普通のもの、当たり前のもの、尋常なものなのです。だからこそ 当たり前のものだったが故に それまで人から特に注目される事なく歴史の下に埋もれて来てしまったようです。
しかし、そのような ちょっと聞くと難しそうに思える世界 でも、その世界を、その美というものを私達はいつでもどこでも自然の中に見出すことが出来るのです。
私達が東洋の文化に見ているものは、近代の西洋美術に見られるような強い個性、難しい理論から生まれた美ではなく、個性を超えた、理屈を超えた もっと自由で解放された世界です。それこそ日本人が自然の世界に感じる世界であり、自然の中に見ていた美の性質です。だからこそ日本人は自然を愛し、自然の美を範としたのではないでしょうか?
よく日本には明治時代まで美術は無かったと言われます。それは美術という言葉自体が明治時代に作られたものーと言う意味もありますが、それ以上に、日本には個性を基盤とするような美意識による創造という要素が少なかったという事が主な要因のようです。もちろん、だからと言って日本の造形作品に個性的なものは無いということではありません。その性質が違うのです。いたずらに個を主張するということは日本人の価値観には無かったもののようで、それよりも没我にして初めて味わわれる自然の世界に対する愛情、敬意、信頼の方がはるかに強かったのではないでしょうか。
この性質こそが私が東洋の文化に見ているものであり、そして魅かれてやまない根本的なもののように思うのです。
民藝運動の同人であった、陶工 河井寛次郎は非常に注目すべき言葉を残しています。『「 同じ底辺を持った無数の三角形ー人間 」 人は三角形の高さが 高い、低い 三角形の頂点の角度が鋭い、鈍い で競い合っている。しかしその底辺は断じて一つだ。 1)』
1)河井寛次郎.(1984).『炉辺歓語』.「底辺に在って」.pp174.東峰書房.
個人、個性の優劣(三角形の頂点)ではなく、個人、個性を成り立たせている その基盤と言いますか、その背後にある大きな世界、大きな働き(底辺)を見ての言葉です。これこそ民藝の同人達が見つめていた世界です。
もちろんこれは人間すべての問題に通じる事を言っているに違いないのですが、これを 三角形の頂点の競い合いを西洋の美術、底辺に在るという事を東洋の文化とすると、二つの世界の違いが非常に分かりやすくなるような気がします。
これをさらに意識と無心とするのはちょっと乱暴に過ぎるでしょうか?
天才ではない、平凡な工人達が天才にも勝る美しいものを創り得た事実。それには様々な要因がある事を柳氏は解明したのですが、私はその根本的な要因である、「人間の奥底にある大きな働き」、「本来の働き」、私はこれを特に注目したいのです。
「人間の奥底にある大きな働き」、「本来の働き」などと言っても、このような世界にあまり興味の無い方には、あまりに大袈裟で曖昧で抽象的な文言としか思えないかも知れませんが、「ものを創るということ」にちょっと迷ったり、悩んだりしている方にとって、何らかの参考にでもなれたらと思います。以前書いた記事の『本来の働き』.『民藝私観』.『河井寛次郎』.『禅』.2 を見て頂けたら嬉しいです。
『 普通ということ 』 = 三角形の底辺
陶工 河井寛次郎の言う、三角形の頂点での競い合い、これは私達が日々経験している事象なので誰にでも実感できる事と思われます。このような競い合いがますます激しいものになり、その事だけに終始してしまう事になったら結末は悲惨な事に終わるのは目に見えています。( 現在そうなりつつあると思われますが. . . . )
そのような現状にあって、どうしてもひとたび翻って三角形の底辺の世界への眼が大事なものになってくると思えてなりません。この様な世界に眼を向けていくと別な世界が開けてくるような気がするのです。それらの世界こそ私が昔から魅かれてやまなかった世界であり、「普通ということ」の正体ではないかと思うのです。
そして、それは決して特別な事でも才能ある者のみが持っているものでもないのです。民藝運動の同人達が『民藝』に見つめていた『人間の奥底にある大きな働き』、『本来の働き』、または『無意識裡の働き』等、名称はどうであれ、この様な世界が誰しもの中に在って、そして 日々毎日 活動、活躍している事、この事実を人々に知ってもらう事こそ民藝運動の念願であったと思えてならないのです。
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