「俺が魔王で、あいつが勇者」第1話

あらすじ
 佐久間桜助の高校に、リーズという少女が転校して来た。ある日、クラスメイトの優華と剣二に馬鹿にされる桜助をリーズがかばったことにより、桜助はリーズに惚れる。放課後、リーズに屋上に呼び出された桜助。唯一の友人、勇人にからかわれながら、期待を胸に屋上へ向かったが、リーズは桜助を屋上から突き落とした。異世界で目が覚めた桜助は、傷ついたリーズを見つける。リーズはフードの男達に追われており、桜助はフードの男達を追い払うため魔法を放つ。だが、魔法は側にあった町をも跡形もなく破壊した。呆気にとられる桜助にリーズは、桜助が魔王に転生したことを告げる。同刻、剣二と優華、勇人が異世界に勇者として召喚される。

補足
リーズ 異世界で出会ったリーズは、姿は同じだがどういうわけか現代の学校で桜助と出会ったことを知らない。

ラプラスの書 過去、現在、未来の全てが記された謎の書物。現在勇者を召喚したユーシア帝国が保有している。あるページを境に、ラプラスの書は白紙となっている。

本編
 バラのような少女だった。
 頭から腰まで伸びた赤毛に、緑色のブレザー。透き通るような白い肌に、ルビーのように赤く美しく輝いた瞳が、俺を見つめている。
花の女子高生とはよく言ったものだ。俺以外にも彼女を初めて見たときに、その美しさから、バラを連想した人は多かったにちがいない。
きっと、このクラスにいる生徒全員が、毎日受験勉強に明け暮れる高校3年生の日々のストレスを、彼女の美貌に一瞬で癒やしてもらったことだろう。男女問わず。
 当然、俺も一瞬でひとめ惚れした。まるで異世界の美少女にでも会ったような気分だった。彼女は、その赤い髪を色っぽく耳にかけると、透き通った鈴のような声で俺にこういった。
「魔王様、また会えてうれしいです」
 彼女の言っている言葉の意味が、俺には分からなかった。いや、言葉そのままの意味は分かる。だが、何故彼女、ラス・リーズは、俺が魔王と呼ばれていることを知っているのか、俺には分からなかった。
 何せ、彼女は今日、俺の通うこの高校に転入してきたのだ。そして、あろうことか席は俺の前。先ほど彼女に対して様々なことを思い浮かべたが、あれは彼女が俺の前の席に座ったことで舞い上がってしまい、この一瞬で俺が思い浮かべた男子高校生の気持ち悪い語りでしかない。折角前の席に美女が座ったのだ。少しでもお近づきになりたいものなのだが。
「その呼び方、辞めろよ」
「何故ですか?今まではそんな些細なこと気にもとめていなかったのに」
「気にとめてないって言うか、気にしてるけど気にしてないふりしてんだよ」
 俺は、この魔王というあだ名で周りから呼ばれるのが、昔から嫌いだった。
 いつも眉間に寄ったしわに、刃物のように鋭い目つき。そして、悪魔のように鋭く目立った八重歯。俺の名前、佐久間桜助の名字の最後の一文字と、名前の最初の一文字を取って、魔王。
 俺の方も、彼女と同じように魔王というあだ名にふさわしい風貌をしているわけだ。この風貌から、俺は今まで散々苦労をしてきた。怒ってもないのに、友達から怒っていると思われ、友人関係が崩壊したことは多々ある。部活に入れば、睨んでもいないのに先輩から「ガンを飛ばしてんじゃねぇぞ」と絡まれ、ボコボコにされて退部。
 中学の時の、初恋だったあの子。心臓が飛び出るほど緊張しながら、勇気を出して告白したとき言われた言葉は、「顔が怖いから無理」。
 そもそも、この顔立ちのせいで滅多に友達は出来ない。いるとすれば、このクラスの学級院長で、幼なじみである槍田勇人くらいだ。
「ごめんな、リーズさん。こいつ、そのあだ名で呼ばれるの嫌いなんだ。どうか桜助って呼んでやってよ」
 困っている俺の机に尻もちをつき、勇人は爽やかな笑顔でいった。
 俺がこいつに常日頃から抱いている感情を教えよう。羨ましい、だ。爽やかイケメンスポーツ万能成績優秀。しかも性格まで良いチャラ男。何故か俺と中学からずっとつるんでくれている。絵に描いたような金髪モテ男高校生。何故こんなにも世の中が不平等なのか。頭が痛くなる。
「・・・・・・何のつもりですか?」
 突然、彼女は勇人のことを睨み付けた。それはもう、ものすごい形相で。 例えるなら、自分の近親者を殺した仇に出会った時の様な。勇人はどうやら、彼女という美しいバラの棘に触れてしまったらしい。
「え、いやそんな怒らないでよ。僕、君に何かした?」
 いつも基本的には冷静で落ち着きのあるタイプの勇人も、初対面でそこまで恨みのこもった目つきで睨まれると、流石に動揺を隠しきれない様だった。
「・・・・・・そうですね、ここに来てからはまだ何もしてません。貴方はここでは勇者ではなく普通の人間。失礼なことをしました。謝罪します」
 俺と勇人は顔を見合わせた。ああ、この人はちょっと残念なタイプの人かもしれない。例えば、高校生にもなってなお、精神は中学二年生のままで止まっている例の病にかかっているとか。
 そうであるなら、俺のことを魔王と呼びたがるのもうなずける。魔王と言えば、ファンタジーの世界では定番の悪役。さぞ彼女も胸を躍らせたことだろう。そう考えると、こんな時期にこの学校に転校してきた理由も、少しずつ垣間見えてくる。
 あの病が災いして、いつしか友達が離れていき、学校に居場所がなくなった彼女はやむなく転校。ああ、可哀想に……。
 俺は、友達関係で苦労したであろう彼女の境遇に勝手に少し同情してしまった。
「はー。お前さ、そういうの辞めといた方が良いよ。前の学校で学んだと思うけど、今時中二病なんて恥ずかしい事してるから、こんな時期に転校する羽目になるんだよ」
 俺がそう言うと、彼女は下をうつむいて黙り込んでしまった。
 俺は、彼女のために忠告しているつもりだったのだが、言い過ぎたらしい。いつもの悪い癖だ。俺は不器用で、こんな風な言い方でしか人と話せない。勇人は勢いよく俺の頭をぶったたいて、目の前に座る彼女に聞こえないように耳打ちした。
「ばっかお前言い過ぎ!!」
「は?こいつの為にも言ってやった方が良いだろ?」
「ちがう、こういうのはハッキリ言われると立ち直れないくらい傷つくんだよ。明日からリーズさんが学校来なくなったらどうするんだよ!!」
「・・・・・・確かにってか、何でお前が中二病の人の気持ちなんか知ってんの?」
「今はそこは良いんだよ!!はよ謝れ!!」
 なんて会話をした後、俺はリーズさんに表面上の平謝りをし、情けなく許しを請うたのだが。
「いえ、私こそごめんなさい。こっちの風習に会わせるべきでしたね。これからもよろしくお願いします」
 あれ?さっきまであんなに中二病っぽい感じだったのに、いつの間にか上品なお嬢様みたいな感じになってる。こんな風に出来るなら、最初からあんなキャラで話さなければ良かったのに。もう俺と勇人の中では、彼女は隠れ中二病という認識で固まってしまった。

 そんなこんなで、転校生の美女との幸せ・・・・・というよりは、不思議な会話のひとときを終えた後、学校のチャイムと共に授業が始まった。
 俺は授業中、彼女のことがどうも気になってしまい、ついついチラチラと彼女の美貌を盗み見てしまう。たまに目が合うと、彼女はニコッと優しい笑顔を返してくれる。彼女の本性を知らなければなぁ、そんな風にため息を吐きつつ、俺は昼休みまで彼女を眺め続けた。

 うわ、俺気持ち悪。
「まお・・・・・桜助さん、私一緒に昼食を取る人がいなくて。良かったらご一緒しませんか?」
 弁当箱を片手に持ち、彼女は俺にそういった。別に俺じゃなくても、彼女を知らないクラスの生徒達なら、一緒に食べたいと手を上げる人はいくらでもいるだろうに。まさか、俺に気があるとか・・・・・・いや、そんなわけがない。何せ、こんな顔なんだから。逆に、なんで俺なんかと食べたがるのかが疑問だ。
「俺なんかじゃなくても別に良いだろ。お前と食べたがる奴は他に一杯いると思うぜ」
「桜助さんは、嫌ですか?」
「いや、別に嫌じゃねぇけどさ」
 クラスで浮いてる俺なんかと食べるよりは、これからの彼女の学校生活のことを考えると、一軍女子達とわいわい食べた方が、後々何かと都合が良いだろう。
「じゃあ、一緒に食べましょう」
「だから、俺なんかと食べない方がお前のためだって言ってんだよ」
なんて会話をしていると、その会話を聞きつけた勇人がどこからともなくさっと現れ、嬉しそうな顔でリーズさんを歓迎した。
「是非3人で一緒に食べよう、仲良く! ね、桜助!!」
 相変わらずお節介な奴だ。だが、俺はこいつのそういう所にずいぶん助けられてる。きっと、こいつはいつも一人になりがちな俺のために、リーズさんと俺を仲良くさせたいんだろう。
 全く、つくづく良い奴だ。
 俺は別だが、勇人と一緒なら別に大丈夫だろう。そう思い、俺は3人で弁当を食べることを承諾した。
「あ、ありがとうございます!!魔王様!!ぁ・・・・・」
「だからその呼び方辞めろって」
「あっははは、流石桜助」
「うるせぇ、笑うな!!」
 その日の昼飯は、なんだかいつもよりおいしかった気がする。でも、そんな楽しい時間は、あいつの登場と共に一瞬で消え去った。
「くくく、魔王って、お前転校生からも馬鹿にされてるとか流石だな」
 いかにも嫌な奴感を漂わせて登場したこの男の名前は、遊佐剣二。言ってしまえばクラスのカーストで一番高い奴だ。こいつの影響力の前では、流石の勇人もクラスの空気に成り下がる事しかできない。
 何せ、こいつは頭の中の倫理に関するネジがぶっ飛んでいる。遊びで暴力を振るう。学校中の女子をとっかえひっかえ。人が苦しんだり、悲しんだりしている様子を喜ぶような奴だ。俺のことを魔王と呼んで、周りから馬鹿にされるような空気を作ったのもこいつだ。
「ね、転校生も良くあんなブスとつるめるよね。あたしなら無理だわ。もしかしてB選って奴?」
現在の剣二の彼女、弓削優華。優華が彼女になってから、剣二は女子に手を出すのを辞めた。所謂本命の彼女という奴だ。だが残念な事に、優華も剣二が手をつけていた女をいじめ倒してその座についた(剣二はそのことを知らない)ので、結局剣二の残虐性が、性格の良い彼女によって強制されるというシナリオにはならない。
「おい、辞めろって、ブスとか本当のこと言ったら魔王が傷つくだろ?」
「ギャハハハハハ」
 なんて、二人は下品な高笑いを上げて、いつものように俺をからかってくる。こうなるから、リーズさんは俺と一緒に昼食を食べない方が良かったんだ。こうなったら、俺はもうほとぼりが冷めるまで、惨めな気分でじっとしているしかない。
「なんで言い返さないんですか?魔王様」
「そうするのが一番の得策なんだよ。これ以上酷い目に遭わないための」
リーズさんは、さっきのような、と言うより殺気のような恨みたっぷりの鋭い目つきで、二人を睨み付けている。
 俺のために、そんなに怒ってくれるのは正直嬉しかった。
だが、あいつらに目をつけられて、不登校になった生徒を何人も見てきた。
俺は、勇人がそれとなく守ってくれたおかげでなんとか学校に来てるが、あいつがいなかったら、俺は今ごろ家で異世界転生アニメでも見て、現実から目を背け続けていたことだろう。顔が怖くても、なんやかんや俺なんかと関わってくれたリーズさんが目をつけられるのは、何としても避けたい。ここは嫌だけど、俺が目立ってあいつらの注意を引くしかない。
「いやー、やっぱ転校生からも魔王って言われちゃったかー」
 俺は、無理矢理作った笑顔で、煮えたぎるような悔しい思いを抑え込み、涙をこらえ、プライドを全て捨て去る。
「は?何そのノリ。キモ」
「気持ち悪い魔王は、勇者が退治してやんねぇとな」
 ああ、終わった。
 俺がそう確信した直後、剣二はゆっくりと俺の側に近寄ってくると、母親が作ってくれた俺の弁当を取って放り投げ、顎にアッパーを一発。
「ウェーイ」
「ぐあっ」
 席から立たされると、腹にパンチを一発。ももかつを一発。俺は抵抗も出来ず、情けなく地面に崩れ落ちた。
「なるほど。状況を察するに、やはり私はこの世界に早く来すぎたようですね」
 ぼそりと、彼女はそう独り言を言った。
 俺は彼女の中二病スイッチが入って、変な気でも起こすんじゃないかと不安になった。勇人もそれは感じていたようで、剣二達に目をつけられてる俺に変わって、彼女が何かを言い出す前に辞めるよう、勇人は忠告しようとした。
「リーズさん辞めた方が良い、あいつらに刃向かっても良い事なんかーー」
 勇人の奮闘(奮闘?)も虚しく、リーズさんは剣二たちに面と向かってたてついてしまった。
「まお・・・・・・桜助さんは、貴方たちよりよっぽど高貴で気高い素敵な方です。私に人間の外見の善し悪しは分かりませんが、私から見れば貴方達の方がよっぽど醜く見えます。人の容姿をあざ笑い暴力を振るう。いつまでもそんなくだらないことやっていないで、自分たちの内面の醜さを気にした方が良いのではありませんか?」
 ・・・・・・かっこ良かった。自分が情けなくなった。今まで、そんな風に面と向かって俺をかばってくれる人は誰もいなかった。勇人でさえ、そんなに表立って反論はしてくれない。俺も、こんな風にハッキリとものを言える男になりたいと、そう思った。
そして、自分が情けなくなった。
 剣二は言葉を発すること無く、リーズさんの胸ぐらを掴んでガンを飛ばす。
「あ?」
俺は・・・・・・俺の事を受け入れてくれたこの人の前で、いつまで情けなく這いつくばった姿をさらすんだ。今日こそは俺だって、やってやる!!

 俺は震える拳を握りしめ、油断した剣二の後に一発、アッパーのお返しをかました。

 かに見えたが、俺の拳は顎一センチ手前で剣二に掴まれて止められていた。

「何その手、剣二に喧嘩売ってんの?」
 いつも剣二の前では猫なで声で話す優華が突然、ドスのきいた低い声でしゃべり出し、俺を睨み付けた。
「先に喧嘩を売ったのはあなた達だったと思うんですけど、もしかしてそんなことも分からないんですか?」
「ふーん、じゃああたしらが売った喧嘩を買うってことね。マジで、今度から普通に学校来れると思うなよ?」
「え・・・・・・優華?」
 基本的に優華達にたてつく者はいないため、見たことない優華の姿に、剣二が若干引いている。
「いや・・・・・・冗談だってば剣二―!!早く昼ご飯買いに行こーよ♡」
「お、おう・・・・・・じゃあ行くか」
 そう言って、二人はせっせと購買の方へと向かったきり、学校に戻ってこなかった。
 その後俺たちは、剣二達が学校から帰ったことで、無事平穏な一日を送ることが出来た。昼休みに少し顔を出しただけでもあの迷惑ぶり。一日中いられたらたまったもんじゃ無い。只でさえクラスの連中も、俺に対しては当たりが冷たいっていうのに。冷たいって言うか、怖がられてるだけかもしれないけど。
 それにしても、あんなことがあったせいで、ますます俺はリーズさんのことが気になってしょうがない。本当に俺は単純な男だ。あんな風に俺のことを言ってくれてるんだ、俺のこと好きなんじゃないかと妄想してしまう。そもそも既に下の名前で呼ばれてるし、なんてったって俺の心がきれいだとか(言ってはいない)高貴な方だとか(これは言った)、まだあって少ししか立ってないのに、俺にぞっこんなのでは?中学の時、顔が怖いという理由で女子に振られて以来、一生彼女が出来ることは無いと思っていた。だけど、 もしかしたらまだ、俺の高校生活には希望があるのかもしれない。
「おい、お前リーズさんに惚れただろ」
「うわっ」
 勇人が夢の世界の住人となっている俺に耳打ちをし、俺は寒気がして現実に引き戻された。
 見ると、勇人が下心丸出しのおじさんみたいににやついた顔をして俺の顔をのぞき込んでいる。
「べ、別にそんなんじゃねぇし!?全然、リーズさんの事将来の妻だとか思ってねぇし?」
「そこまで行ったのかよ、早く夢から覚めろ。もう学校終わったぞ?」
 いつの間に、とクラスを見回すと、教室には俺と勇人しか残っていなかった。
「・・・・・・リーズさんは?」
「帰ったんじゃね?」
  全く、自分が情けない。こんな妄想ばっかりしている間にリーズさんが帰ってしまうなんて。くよくよしてないでガツンと自分の気持ちを伝えれば良いのに、中学の時のことを思い出すと何も出来ない。
「そんな露骨にがっかりすんなって、脈があるのは確かだろ?お前にとって人生唯一のチャンスじゃんか、諦めんなって」
「お前馬鹿にしてんだろマジで」
「馬鹿にはしてる。でもさ、お前口悪いから勘違いされがちだけど、あんな良い子がお前の本質分かってくれてるんだぞ?何が何でも付き合えよ。僕も全力でサポートすっから」
 本当、こいつは良い奴だ。こいつのことを、俺は生涯の友にしようと今決めた。
「ちなみにもし、俺が付き合えなかったら?」
「僕がもらっちゃう」
 生涯の敵になる可能性が出てきた。
「何の話をしてるんですか?」
 突然、帰ったと思っていたリーズさんが背後から声をかけてきた。俺と勇人は驚きつつ、リーズさんが今の会話を聞いていないと言うことを知ってホッとした。
「あ、えーと今ね、リーズじゃ無くてリスの話をしてたんだよ!!リスの話を!!な?桜助」
 勇人、フォロー下手くそすぎだろ。
「お、おう・・・・リスじゃ無くて・リーズの話してたんだ。お前には関係ない話だからどっか行ってろ・・・・・・あ」
 バッカお前!!と言う目で勇人が俺のことを見ている。流石に俺も失言だと思った。なんで自分から帰らせるようなことを言ってしまうのか。俺の馬鹿!!
「分かりました・・・・・・」
 言わんこっちゃ無い。と、勇人の顔がそう言っている。
「いや・・・・・・悪い、間違えたんだ。別に帰んなくても良いから!!」
「いえ、何かしらご迷惑があるのは確かです。その代わり、後で学校の屋上に来てもらえませんか? 桜助さんだけ」
「……え?」
 勇人は持っていたリンゴジュースを落とし、唖然としながら俺の方を振り向いたが、俺はリーズさんから目が離せなくなった。まるで体の運動エネルギーを全て心臓に使っているのでは無いかと思うほど、俺の思考と体はピタリと動きを止め、心臓のみがいつもの5倍くらいのは早さで脈を打ち始めた。
「おい、何か言えよ桜助」
 勇人の言葉にハッと我を取り戻し、俺はなんとか固まった唇を開く。
「な・・・・・・ななんか、用でもあんのかぁよっ?」
「ブフォ」
 緊張しすぎて声が裏返った。それを見た勇人は、口の中に残って無事だった残りのリンゴジュースを盛大に吹き出した。……こいつには、後で話を付けておこう。
「大事な話があるんです」
 リーズさんの真剣な眼差しに、俺と勇人は言葉を交わさなかったが、健闘を祈る・・・・・・と言うメッセージが、アイコンタクトだけで分かった。
「いや、今から行くわ。そんなたいした話してねぇし」
俺は、今から命をかけた戦場にでも行くかのような気分で、リーズさんとともに学校の屋上へ向かった。
リーズさんは屋上へ着くと、今時になってこの柵のない屋上の端の方へと走っていき、下をのぞき込んだ。
「思っていたより高いんですね。魔王城の3階くらいの高さはあります」
 直後、リーズさんは支えていた手を滑らせ、屋上から危うく落ちそうになったところを、なんとかギリギリ俺が駆けつけて助けた。
「おい、危ねぇぞ」
 俺の腕の中で、リーズさんは真っ直ぐに俺を見つめた。ここにいるのは、俺と彼女の二人だけ。このロマンチックな状況。これは、キッスチャンスなのでは?
「ありがとうございます、桜助さん」
 リーズさんが、俺の頬に手を添える。
「はいっ」
 俺の・・・・・・ファーストキス!キスする側のはずの俺は、あまりの緊張につい、目をつぶった。
「ごめんなさい・・・・・・」
 次の瞬間、誰かに突き落とされたような感覚がした。目を開けると、俺は宙を舞っていた。
「ぇ・・・・・・何で」
 リーズさんが俺を屋上から突き落とした。裏切られた。そのショックと悔しさ、色々なものがごっちゃになって、頭が真っ白になった。
 只、自分が死ぬ。と言う結末だけが、頭の中では鮮明だった。
 思えば俺の人生、全部自分の顔のことを言い訳にして、何もやってこなかった気がする。もし、次があるのなら、顔が怖いからなんて言い訳せずに、俺の信じるやりたいことを・・・・・・できるかなぁ。父さん母さんごめん。妹も、勇人もきっと悲しむよな。

 あーあ、なんでこうなるんだよ。
「くそ・・・・・・何で」
 自分の人生の悔いに、虚しさが蔓延して拳を握った。

「魔王様、私はいつまでも・・・・・・この平和な世界でお待ちしております。行ってらっしゃい」

「・・・・・・」
 
 落ちていく俺の姿を、屋上から見届けているリーズさんの表情が俺は忘れられなかった。どこか悲しそうな、寂しそうな、懐かしそうな、安心したような。だけど、そのときのリーズさんの表情は、いつにも増して美しかった。あんな顔を、俺に向けてくれるなんて。
 死ぬのは怖い。自分が消えるのも怖い。
 でも最後に、良いもん見れたから・・・・・・いっか。

 この日。俺、佐久間桜助は、人生で何も成し遂げること無く命を落とした。
 ハズだった。



 あれから、どれだけ時間が経っただろうか。まるで寝ている時みたいに朦朧として、自分の中で流れる時間は曖昧だった。
 自分に確かな意識を感じたとき、そこに芽生えた感情は、諦めでもしょうも無い満足でも無く、怒りだった。
 何故、リーズさんが俺を屋上から突き落としたのか。何故俺が死ななければならなかったのか。
不安と疑問は、徐々に怒りへと変わっていく。
 何で・・・・・・何でだよリーズさん……何で俺を殺した!!
「はっ」
 心に蔓延する負の感情に耐えられなくなり、俺は目を開けた
「俺、死んだんじゃ・・・・・・」
 なんだか切ない気分になって、妙に重たい体を起こした。いつもベッドから起きる時のアホ面で、頭をかいて大きなあくびをする。
「ふぁ~あ」
 取りあえず、こうして意識があると言うことは、屋上から落下した後、奇跡的に助かったと言うことなんだろう。
 ああ、惨めな人生を送ってきた俺を見かねた神様、礼を言います。
 ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていき、ここはどこだろうと不意に辺りを見回した。
「・・・・・・へ?」
 そこに広がっていた景色を見て、思わず自分が今見ている光景が現実なのかを疑った。上を見渡せば、どこまでも美しく広がる黄色い空。そして少し目を落とすと、深い青色の葉をつけた木々が立ち並ぶ。もちろん草の色も、木の葉と同じく深い青。
 そして、その森の奥に見える大きな城壁に囲まれた西洋風の街。これに関しては、イメージ通りそのままの異世界アニメとかに出てくる中世ヨーロッパ風の街だ。そして、俺の身につけている。服装。いや、装備と言うべきだろうか。紫に金のラインが入ったローブ。同じ柄の籠手。どれも現代じゃなじみのない、ゲームの装備を身につけているようだ。そう。ここは、自分の元いた日本とはまるで別世界・・・・・・いや、言い方を変える。
 異世界だ。
 あまりの異質さに圧倒され、心臓が大きく波打つ。だが、この世界はとても心地よく、美しい。都会のすさんだ空気とは違う。何の不純物も無い自然そのままの空気を吸うだけで清々しい気分になる。そして、優しく頬をなでる風。
「おい、これって・・・・・・まさか」
 俺は、この現象の名を知っている。
「異世界……転生」
 今、俺が感じているこのリアルな感覚。知っている自然とは違うが、それでもこの大自然とふれあっていると、生きていた頃よりも遙かに自分が生きていることを。実感させられる。
これが夢であるはずが無い。
「ああ……そうか、俺は死んだのか」
 じゃあ、親父や母さん、妹とももう、会えないのか。勇人とも……。
 皆、俺が死んで悲しんでくれるだろうか……。
 ああ、無駄だ。そんなこと考えたって、意味はない。俺は、死んだんだ。よそう……考えても、辛いだけだ。
「……」
 ああ、バカ辞めろ、考えるな……考えたら。
「………くっ」
 異世界の草原の真ん中で、俺はたった一人、うんと泣いた。
「くそ……帰りてぇ」
 ごめんな、皆……死んじまって。

 しばらく時間が経ち、涙も枯れてきたころ。
 俺は、新しい世界を目一杯感じながら、気づけば当てもなく、青々とした草原を歩き出していた。やっぱり、この世界の自然の力はすごい。孤独だった俺の心を癒やしてくれる。この世界に歓迎されているように感じて、生きる活力みたいなものが沸いてくる。
「すげぇ」
 感動のあまり思わず言葉が漏れた。特にこの大自然で美しいと思ったのは、向こうに見える青い木々で出来た森だ。
 近くまで来て分かったが、森の木々はほんのりと淡い光を放っていた。
 更に森を進むと、他の木々とは一際違う異彩を放つ巨大な木を見つけ、俺はその木の根元へ歩いて行った。
「でっけぇ」
 他の森の木々と比べると、大きさは倍以上。光り方も、他の木々とは段違いだ。
「・・・・・・けて」
 あまりの生命力に、この木が俺に何か語りかけているのでは無いのかと錯覚し、幻聴さえ聞こえた。
「・・・・・・誰か」
 幻聴? いや、違う。この木の反対側から、今ハッキリと聞こえた。女の声だ。
 しかも、聞き覚えがある。
 俺は、急いで木の裏側へと回った。
「お前・・・・・・」
 見覚えのある少女だった。腰まで伸びた赤毛に白い肌。緑のマントのような服を羽織った、あのバラのように美しい少女が、大木の幹に寄りかかっている。
「リーズ、何で……お前がここに!?」

第2話

第3話


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