「俺が魔王で、あいつが勇者」第3話

 次の瞬間、辺り一面が真っ白になるほどのまばゆい光と同時に、俺の鼓膜をぶち破るほどの大きな爆発音が辺りに響き渡った。そして、光の中から遅れてやってきた爆風は、森の木々を容赦なくなぎ倒した。

やばい……。

 直感的にそう感じた俺は、平原の先のまばゆい光に背を向け、リーズさんを抱えたままその場にしゃがんで頭を伏せた。
 次の瞬間、爆風は俺の元に到達した。
「ぐああああああああ!!」
 爆風にさらされていた時の事は、あまり覚えていない。とにかく、抱きかかえたリーズさんを守ろうと精一杯だった。
 しばらくして、辺りが落ち着いてきたようだったので、俺は目を開けた。
「おい……嘘だろ」
 ない、さっきまであったはずの森が……あんなに生命力に溢れ、何千年も生きたであろう美しい木々が、影すらも遺さず全てが無に返っている。
「俺が、やったのか?」
いや、ここまでするつもりで魔法を撃ったんじゃない。只ちょっと、リーズを追っていたフードの奴らを追い払おうとしただけで……。

 そうだ、あのフードの奴らはどうなった? 

 後ろを振り向いたその瞬間、俺の思考はそこに広がっていた景色同様に、無になった。

 跡形もなく消え去っているフードの男達。そして、その奥にあった城壁も、その奥にあった民家もない。あれだけどっしりとそびえ立っていた巨大な城もない。

「町が……」

 消えている。

 俺のせい……なのか?

 俺が放った、魔法のせいなのか?

 俺が放った魔法のせいで、町が……。

 じゃあ、俺は……。

「俺は、人殺……」
「召喚されてからものの数時間で、アルマ王国を滅ぼしてしまうとは……ラプラスの書の予言通りですね」
 突然、背後から聞き覚えのある声がした。茫然自失状態の中、ゆっくりと声のする方に振り向いた。
 そこには、俺を羨望の眼差しで見つめるリーズさんの姿があった。さっきまで、血まみれの状態で気絶していたはずなのに、彼女は魂が抜けたように無表情で、俺の事を見つめていた。
「お待ちしておりました、魔王様」
 彼女は俺に頭を垂れてひざまずき、そして言った。
「私の名前はラス・リーズと申します。どうか、あなた様の配下に、私を置いてください」
 城を吹き飛ばし、沢山の人を殺した。それを自覚する前にリーズさんが声をかけてくれたおかげで、俺の心は壊れずにすんだ。
 だけど、壊れる寸前の俺の心に、余裕なんて一ミリもなかった。魔王。俺には何てことの無いありふれた侮辱の言葉は、俺の怒りをとうとう沸点まで登らせた。
「……お前、ふざけてんのか?」
 俺はリーズの胸ぐらを掴み、大声で怒鳴った。
「言えよ!! 何で俺を殺して!! こんな異世界に連れてきた!! 俺をどうするつもりなんだよお前!!」
 焦りと、罪悪感と、虚無感と、責任をリーズにぶつける。
「お前のせいで俺……町の人を」
 だけど、リーズさんは意にも介さなかった。まるで抜け殻みたいに、俺の感情をリーズさんはスルーして言った。
「何を嘆いているのですか? 魔王様。魔物が人を殺すなど、よくある話です。何もおかしな事はありません」
 こんな時に魔王呼び……もう呆れてくる。
「桜助って呼べよ……こんな時にまで魔王扱いすんな」
 リーズは、不思議そうに頭をかしげて言った。
「桜助……が、誰のことかは存じ上げませんが、その牙も、紫色の肌も、頭に生えた2本の角。町1つを軽く滅ぼす強大な魔力。貴方が魔王であるとしか思えないのですが」
「存じ上げませんってお前、ふざけるのもいい加減に!……」
 牙……紫の肌?
 口元に手を当てると、今までそこになかった、堅い感触があった。鋭かった俺の八重歯が2本、更に鋭く巨大な牙に変貌している。
 頭に手を当てると、口元と同じような堅い感触が2つ。
 慌てて腕についていた籠手を外し、手の色を確認する。紫の手に、鋭利な長い爪。
「嘘だ……じゃあ俺は、本当の」
 魔王に、なっちまったっていうのか?
 うろたえてバランスを崩しそうになる俺を、リーズはさっと立ち上がって支え、そして言った。
「ですから魔王様、人を沢山殺したからと言って、うろたえる必要は無いのですよ」
 この時、俺は気づいていなかった。自分の中から、人を殺した罪悪感が、消えていることに。あの、温かい笑顔を向けてくれたリーズさんが、まるで別人のように、冷たい眼差しをしていることに。
「……ああ、そうだな」
 あまりにも自然に、リーズの言葉に同意する。自分が、リーズが、変っていることにも気づかずに。
「申し訳ありません、魔王様。先ほどの質問なのですが。前の2つの質問に関しては、私はその答えを存じ上げませんので、3つめの質問にはお答えします。」
「存じ上げないってお前、無かったことにする気」
 リーズさんは、怒鳴りかけた俺の言葉冷たく遮って言った。
「私は、魔王様に……
 リーズの真剣な眼差しに、俺は思わずドキッとした。それは、決して彼女が綺麗だったからではない。
 彼女がこれから放つ言葉が、この世界での俺の一生を決める。そんな予感がした。
「世界を……支配して欲しいのです」

 同刻、ユーシア帝国 召喚の間。
 何百人もの魔術師達が、国の中心部にある城をも飲み込むほどの巨大な魔方陣に魔力を注いでいる。 
 召喚の間の入り口からその様子をのぞいてたユーシア帝国国王、デイズ・トレス・ユーシアは、首元まで伸びる白く長い髭をいじくり回しながら、神妙な顔つきでその様子を眺めていた。
 直後、若い一人の兵士が国王の下へとやってくる。
「デイズ王、報告があります」
 国王は部下の方を見向きもせず、只々魔方陣の中心を見つめている。困った様子で王を見つめる部下。しばらくすると、王は口を開いた。
「良い、報告の内容は分かっている。下がれ」
 兵士は王の言葉に内心首をかしげながら、敬礼をしてそのまま帰って行った。しばらくすると、魔方陣がまばゆい光を放ち始めた。そして次の瞬間、稲妻が落ちたようなけたたましい轟音と共に、魔方陣の中心から一本の光の柱が天高く立ち上る。
 付近にいる魔術師達は、その美しい光景に喜びの歓声を上げた。
「ラプラスの書の通りだ。我々の長年の努力が、ついに実ったのだ!!」
 王もまた、静かに喜びの声を上げた。
「ついに現れる。我々を魔の手から救う、異世界より来たりし勇者が」
 光の柱は徐々にその明るさを失い、そのまま空の彼方へと消えていった。そして、召喚の間の中心に、3人の人影が現れる。彼らの姿を見た国王は、そのあまりの神々しさに思わず涙した。
「皆の者、我々はついに勇者の召喚に成功した。今日我々は、世界中を脅かす魔の恐怖から解放されるのだ。皆の者祝え!!」
 王の歓喜の叫びに皆が涙を流し、祝福の歓声と拍手を送った。そんな異世界の住人達に囲まれた3人の勇者達は、突然の出来事に困惑している。女の勇者が、がたいの良い男の勇者の腕を掴み、震えた声で言った。
「ねえ剣二、ここどこ?この人達何なの?あたし達、さっきまでカラオケにいたよね」
 女の勇者に腕を掴まれた男の勇者もかなり動揺しており、焦っているのか、不安そうな顔で声を荒げて答えた。
「お・・・・・・俺が知る訳ねぇだろ!!こっちが聞きてぇくらいだ。なあ勇人お前なんか知らねぇのか?」
 剣二と呼ばれる男の勇者は、もう一人の男の勇者の肩を揺さぶる。だが彼もまた、この現状を理解できていない者の一人である。
「ごめん、僕も分かんない・・・・・・屋上に行っても戻ってこないリーズさんと桜助を見に行って、気づいたらここに」
 何の情報も得られず、剣二は不安を紛らすように何度も舌打ちをした。
「ちっ使えねぇなお前」
 3人の勇者が不安そうにその場に突っ立っていると、開いていた扉の向こうから国王がやってくる。国王は勇者の前で片膝をつき、頭を垂れていった。
「勇者達よ。我々の世界に来てくれたこと、感謝する。どうか我々の世界のために、君たちの力を貸して欲しい」
 勇者達が人々の歓声と拍手を浴びていたその頃、ユーシア帝国の会議室では。世界各国の国王が、この部屋に一堂に会していた。その理由はもちろん、魔王誕生と勇者召喚に関する事である。
「君たちの国の王はどこへ行ったのだ?我々はわざわざこうして敵地へ赴いているというのに、失礼だとは思わないのかね?」
 一人の国の国王が、ユーシア帝国国王の席に座る青年に問いかけた。青年は各国の王を前にして尚、顔色一つ変えず平然とした只住まいで答える。
「王はこの城の召喚の間にて勇者を出迎えていますので、代わりに私が」
  すると、1メートル近くはある巨大な冠を被った他の国の女王が声を上げる。
「そんなことはどうでも良いことです。それにしても、まさかここまで正確に未来を予言するだなんて。こうなるとあの悪魔の娘を逃がしたユーシア帝国の失態は大きいですよ?」
 女王の追求をまるで意に返さず、青年は続けた。
「予言では無く予測です。我々は先日手に入れたこのラプラスの書によって、長年世界に願われた勇者を召喚することが出来ました。ですが、来る魔王覚醒の日。それ以降の予測は、我々の失態によりこの書物に記す事は出来ませんでした。魔王が覚醒して以降、人間が魔物に勝つためには、人間同士が国を超え、手を取り合う必要があります」
 すると、ある国の国王が手を上げ、青年の机の前へとやってきて言った。
「・・・・・・協力させてもらう。いちいち人間同士で領土を取り合っている間に、魔王に我々の国を滅ぼされたら元もこもない」
 その言葉を皮切りに、次々と他の国の王たちも手を上げ始める。その様子を見て、青年は不敵な笑みを浮かべて言った。
「では、この同盟の書にサインを」

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