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中国というシステム(3)文化大革命の再発動か?

 2年前までは、経済も好調で、一路一帯戦略もめざましく、コロナの完全統制を誇っていた中国が、ここにきて急速に綻びをみせているのは、実に興味深いことである。*1
 ここまでの急激な退潮・混迷は、2022年5月22日に「中国というシステム(2)帝国の逆襲」を書いた私自身も全く予想はつかなかった。
中華未来主義とその挫折
 2008年北京五輪・2010年上海万博のころの中国の日の出の勢いの経済成長に、「開発主義」とでもいうべき資本主義の新しい方向性・究極の未来を見て、ニック・ランド(1962ー)ら軽薄な「加速主義者」たちは、中国を「中華未来主義」として賞揚していたのである。
 2010年ごろまでは、欧米や日本に謙虚な顔をして下手に出て、外資を導入して驚異的な経済背長を遂げたが、やがて自信をつけた中国が、輸出するPCや通信機器にスパイガジェットを密かに取り付けながら、「戦狼外交」として世界制覇の野望を露骨に示すやいなや、一転して欧米はようやく封じ込めに向かいはじめた。輸出得意先として親中だったドイツや、一路一帯に参加していたイタリアまでも旗色を変えた。
 外資の総撤退、半導体関連技術の締め付け・輸出禁止、過剰なコロナの封鎖政策、不動産バブルの崩壊にともなう経済の混乱、地方財政の破綻が2023年に一挙に起こって、中国の繁栄がついに挫折したのである。
 「中華未来主義」と呼ばれた「改革開放政策」による「開発主義」とは考えてみれば、共産党の独裁的な権力のもとで、人々の欲望を、共産主義的に抑制するのではなく、逆にそれを原動力として、資本主義的な経済発展を実現しようという、鄧小平の創造した、まさに共産主義×資本主義の野合とでもいうべき画期的なシステムであったのだ。結局は膨張する不動産投機による膨れ上がったバブル(それに支えられた地方財政)の崩壊によって、経済的に破綻してしまったが、じつは、そこから生まれたICT技術による画期的な管理統制システムこそ、「中華未来主義」のまぎれもない成果なのだ。
究極の監視統制体制あるいはスマートシティのユートピア
 「中華未来主義」において、あの規模の国民全体をデータ管理するということ自体が、世界史上初の偉業であった。いいか悪いかは別にしてその革新的な管理統制システムは依然健在なのである。
 そういえばコロナ初期、日本の対策の遅れを批判して、ICTを活用した中国の完璧な感染対策を嬉々としてレポートしてくれた日本人駐在員もいた。
 ICT技術によってすみずみまではりめぐらせた監視統制体制によって人々をコントロールしながら、経済成長を実現するというシステムは、共産主義者ならずとも、じつは多くの政治家、官僚、そして何よりも資本家たちにとって、夢のようなシステムであるはずだ。じっさい、スマートシティを売り込んでいた富士通のシステムは、中共の監視統制システムそのものだった。あるシンポジウムでそのことを指摘したら富士通の人は答えに詰まっていたが。
 すべての人のデータ:通話履歴、ブログ投稿から預金、購買履歴、法律違反、顔認証、罹患履歴、行動履歴などが一元的に管理されていて、スマートシティ推進者にとっての理想のシステムが、中国ではとっくに実現しているのだ。
 たとえば交通違反とか法律違反するとマイナスポイントがついて、銀行融資が受けられなくなったり、場合によっては預金も下せなくなるという。これははたしてユートピアだろうか?わたしはディストピアだと思うので、日本であいかわらずスマートシティ推進の言説をふりまいている奴らには、くそったれとしかいえないのだ。だって達成すべき目標がすでに地獄だとわかっているのに、金儲けのために笛をふいて無知な人たちをだましてそこに導こうとしているのだから。(TickTockも下手をするとLINEも情報は筒抜けらしいですが。ちょっと寄り道したが、閑話休題、それはともかく。)
共産主義独裁政治の怖ろしさ
 私自身はもちろん、中国(中共)の世界制覇の野望がここにきてちょっと頓挫したことにほっとしている。しかし、膨れ上がる人民の不満を、台湾進攻などの対外戦争を引き起こすことによって解消しようとする危険はむしろ高まっている。
 第一次大戦ならまだしも、この現在において兵士を人海戦術によって殺戮しながらもなお平然と戦争を継続できるロシアをみても、独裁権力の実行力・強制力をあなどることはできない。また、国民の大半を飢餓におき、国全体を強制収容所化している北朝鮮という国家が、日本の隣で、70年以上も政権を維持できているという事実に、私たちはもっと真剣に怖れおののかなければならない。
 つまり、これからの中国共産党の動向をやっぱり真剣に注視する必要があるのだ。北朝鮮を見ても、人権とか民主主義とか国民の不満とかが全く通用しない独裁政権は、自分からは善良にならないし絶対に内部崩壊もしない。
マルクス主義の研究?
 経済発展が人類の歴史を決定するという経済決定論のマルクス主義が、いざ実践されると、たちまち政治(独裁)による経済の抑圧に転換するという強烈な逆説を、偉大なマルクスは実はエコロジー思想の未来も考えていたとかいって、マルクスの著作をほじくり返してお花畑論議にふけっている斎藤幸平くんならどう考えているのか聞いてみたい気がする。
 その優秀な頭脳を利用して、彼に現状の中国を救う手立てでも考えていただきたいものである。なぜなら中国14億人の生活経済とCO2排出量は、そうとう地球環境を左右しているので、こんな小さなわが日本社会のエコロジーをちまちま考えるより、はるかに有意義な効果を地球にもたらすだろうから。斎藤くん、がんばってください。(経済崩壊してふたたび貧困化したほうがCO2削減になるかもという楽しい暴論もあったりして。)
経済への対策
 党規則を変えて終身の独裁権力を手にした習近平は、不動産バブルの崩壊、それに起因する地方政府の財政危機、コロナ封鎖による経済停滞など、ここへきて噴出している経済の大問題に対する有効な政策を打ち出せていない。なぜなら独裁の確立のために、腐敗摘発の名目であらゆる政敵を排除し尽くしてしまった結果、共青団が輩出する有能なテクノクラートも排除されて、習近平の周囲には無能なイエスマンしか残っていないからだ。いまや多くの官僚が「寝そべっている」といわれている。すべての権限を集中しすぎたあまり、あらゆる決定が習近平に集中する独裁専制になって、常に彼の顔色を伺うばかりで、ポジティブな政策立案がまったく機能しなくなったのだ。
 2008年のリーマンショックの世界的恐慌を難なく乗り切って、西側からも管理能力を称賛された王岐山らはすでに引退し、組織的に対処できた中国人民銀行もその優れた金融監督能力を、党主導の中央金融委員会に譲り渡してしまった。
 経済政策で残されている唯一の手段が、今やIT技術の進歩によって世界最高水準になった最強の監視技術を駆使した絶対的管理・統制システム*2による、言論封殺ぐらいしかなくて、要するに景気が悪いということを一切話してはいけないという対策で、景気が悪いことを言わなければ景気が良くなるというまことに素朴なアイディアでほほえましい限りだ。
 また財政難への対策として、太子党、紅二代ら蓄財した富裕層からの徴収や(太子党はため込んだ資産の3分の1をすでに供出したといわれている)、民間企業の接収などがあり、じっさいアリババなど驚異的な経済成長の立役者だった企業は、いまや次々と共産党に接収され官営化(中共による党営化)している。民間を太らせてからそれを中共が食べるというモデルだが、党による管理ではこれまでのような技術革新や成長はもはや望めないだろう。
経済崩壊の容認
 もっというと、習近平は、不況にあえぐ民間企業などを救う気などなくて、倒産してもぜんぜん構わなくて、むしろまとまって貧困化してくれた方が統制しやすいとさえ思っているのかもしれない。むしろ経済崩壊を放置し容認するのではないだろうか。
 スローガンとして連呼する「共同富裕」ではなく、「共同貧困化」こそが共産主義的ユートピアであり、毛沢東やポルポトはそう考えていた。とにかく暴動や反乱さえ防げればよいのだ。人民をぎりぎりの飢餓窮乏に維持して、自由や反乱への意欲を削ぎ落し続ける北朝鮮のみごとな統治システムは、習近平にとって一つのモデルかもしれない。中国の北朝鮮化!
統制の強化・文革への憧れ
 経済が崩壊しても、いや崩壊すればそれだけ独裁が強化され、けっして中共の権力は崩壊することはないだろう。革命直後、民間経済を導入していったんはゆとりのある経済生活を始めかけた矢先に、スターリンや毛沢東(文化大革命)によって、たちまち全体主義的な恐怖と貧困の時代がかんたんに復活しえたのは、なによりも独裁の力である。
 現在の中国においても、自分も下放されて辛酸をなめた習近平が、本気で毛沢東を崇拝し文革を信じているとすれば、彼はこの経済的苦境をむしろ好機ととらえて、従来の鄧小平いらいの改革開放を逆転して、むかしの統制経済に平然と回帰しようとするかもしれない。本気で崇拝していなくとも絶対権力維持のためにはその方が好都合だ。(自分の受けたトラウマをむしろ若い世代たちにも味合わせたいという、虐待されたひとが下に同じ虐待を体験させようとする、PL出身の立浪監督のように、体育会系いじめの復讐的継承とでもいうべき心理状態だろうか。)
 つまり、習近平はふたたび文化大革命を発動して、より一層の統制を強めようと考えているのではないだろうか。 じっさい習近平への個人崇拝が開始されていて、すでに共産党員は、毎月習近平語録への礼賛レポートの提出を義務付けられているという。*3
 思えば、私が中学・高校生のころ、中国では文化大革命が進行中で、当時はわからなかったが、リアルタイムで2000万人が虐殺の真っ最中であったのだ。いま再び、以前よりはるかに強力なICTによる監視統制システムを手中にした共産党は、その気になればかんたんにふたたび狂気の文革を発動することができるだろう。いや昔話でもなんでもなくて、ウィグルのおぞましい強制収容や拷問・断種・不妊手術の強制などは「いまここにある」事態なのだが。
 中国製太陽光パネル売り込み屋の次期首相候補河野太郎よ、そして尊敬する習近平の銅像を建てようとした二階俊博よ、ついでに習近平の天皇謁見をごり押しした小沢一郎よ、そして中国大好き沖縄県知事よ、みんなまとめてウィグルの人権侵害についての意見を表明してください。
人民の不満の解消
 習近平や中共にとってもっとも重要なことは、人民の幸福などではさらさらなく、自らの権力維持いがいにはありえない。さしあたりの暴動・反乱を防ぐためには、ICTによる徹底した統制管理にくわえて、官僚の腐敗摘発と富裕層への懲罰による「見せしめ」によって、人民の不満のガス抜きをおこなうだろう。悪徳官吏の摘発による人気取りは、それこそ中国2000年の伝統芸である。
 問題は「見せしめ」レベルの政策によって人民の不満が解消できるのかである。いまや銀行預金は封鎖され、ローンを支払っているマンションは完成もせず、給料も未払いで、若者の半数は就職難という現状では、不満はもはや臨界点にたっしているといえるだろう。
文化大革命の再発動
 その不満を現在の習近平にではなく、過去の指導層や富裕層に責任を転嫁して「走資派」とでも呼んで攻撃・排除する大運動を起こして、空前絶後の大混乱を引き起こして、地方政府の財政困難とか債務不履行とかあらゆる面倒な「資本主義的」問題をうやむやに清算してしまえばいいのだ。それが権力奪取のために毛沢東が採用した永久革命論であり、つまり文化大革命の再発動だ。
 再び、全てを荒廃させるだけの度胸は、さすがに習近平にはないかもしれないが、追い詰められヤケクソになった場合、気骨ある人物は全て排除・監禁している今のシステムでは、それを誰も止めることはできない。*4
 とはいえ、打開策としての文化大革命の再発動はあまりにも強硬策すぎて、体験した60歳以上のひとには強烈なトラウマがあり、もちろん反発が強いだろう。しかし反米反日イデオロギー教育を日常的に浴びせられて、海外からの情報も遮断されている若者世代にはあんがいアレルギーがないのかもしれない。若い世代ほど偏狭な愛国主義者で(イギリスでピアノ演奏を妨害するように)、真剣に台湾の武力統一を支持している。むしろ未来に希望を持てない若い世代こそ、現状打破の革命に望みを託すかもしれない。文革も洗脳された紅衛兵からはじまった。
別案としての放置政策
 あるいは逆に、積極的な打開策を打たないという手もあるかもしれない。不満が高まっていたコロナ対策の封鎖をいきなり全面解除して、ガス抜きをはかり、そのあとの再蔓延についても完全に責任を放棄したような「放置プレー的」政策が、この経済破綻に対してもふたたびとられるのではないか。いまコロナの新タイプが蔓延しまた多くの子供たちが複合肺炎で死亡しているのだが、それを認めず、それに対していっさい対策を打たずに放置している。
 同じように、いさぎよく経済的苦境を認めて、それをちょっと前の指導者や腐敗した官僚、紅二代たちの責任に押し付けたあとは、逆にみんな困ったねーと、そういうときだけ自由放任・自己責任で各部署で解決してねというかんじの政策の方が、しぶとくだらだらと政権としては延命しそうな気もするけど。(前首相の李克強は退任後すぐに死亡したが、暗殺のうわさが絶えない。習近平のライバル排除か、政策失敗のつけを負わされ反論できないスケープゴートか。)しかし、われわれとしては、不満の解消としての対外戦争に訴えるという手段も常套的にあるからこそ心配なのだ。
まとめ
 いずれにせよ、ここまでの中国の急激な退潮が2年前には予想もつかなかったように、中国がどうなっていくかはますます注目しなければならない。
 繰り返しになるが、独裁のもとでは、国民の反発・不満はどれほどであろうとも抑圧できてしまうのだ。政敵や批判者をかんたんに暗殺し、囚人たちを前線に送り込んで平然と「消費」し続けることができるロシアや、国全体を地獄のような収容所として維持している北朝鮮という国家がいまなお現実に存在している以上、中国がそうならないとは、誰にも言い切れないだろう。

*1:最近の中国の情勢は「妙佛DeepMax」と「ニュース最前線香港」が毎日更新されていて面白い。前者はたぶん駐在経験もある日本人で、内容もさることながら声が抜群に美しい。後者も絶品youtubeで、中国本土で大弾圧を受け信者が臓器提供の資源になってしまった「法輪功」による「大紀元」が運営している。投稿してすぐに封殺される記事を丹念に拾い集めていろいろ面白い。元末期に反乱をおこした白蓮教の伝統もあるのか、中国王朝末期にふさわしい流言飛語をときどき混ぜてくれるのが楽しい。習近平はある歴史的な予言書を信じてそれでロケット軍の弾圧をしたとか。おなじ大紀元による「精鋭論壇」もまた言いたい放題の中共批判が痛快だ。参加者はアメリカ在住などの中国人だが、秘密警察によって拉致・暗殺されないか心配だ。
*2:こうした管理統制の組織だけが習近平の称賛を受けているが、そのすべてを取り仕切るNO.2こそが蔡奇である。福建省地方幹部から習近平に寄り添い絶対の服従をして付き従ってきた。党中央弁公庁主任・党国家安全委員会副主席。眼光鋭く両サイドを刈り上げた髪型は迫力満点で、最近では、ぺこぺこしている公明党委員長と面談している映像がある。彼こそが、いまや世界中にスパイを送り込み、政治家を篭絡し、反体制派を拉致する秘密警察のトップでもあり、あらゆる重要人物、引退した政治家たちを身辺警護と称して実質的な監禁状態において管理している組織の長でもある。最新の映像2024年1月16日では、習近平主催の金融関連の大会議において、司会を任された蔡奇が、背広ネクタイではなく文革時の人民服を思わせるような貧乏臭い襟付きジャンパーを着ているのが恐ろしかった。私はここで大袈裟に文革再発動とか煽って書いているが、だんだん冗談ではなくなってきたようだ。どうもやっぱりマジみたい。
 中国共産党創成期の周恩来以来、公安秘密警察のトップは凄腕で、なかでも毛沢東に仕えた康生(1896-1975)は、文革時NO.4までのぼりつめた。毛沢東夫人となった江青の最初の男性といわれ、国民党統治下の上海に潜行して実業家の秘書をつとめながら秘密活動に従事し、のちにソ連にわたりKGBでみがきをかけた拷問技術で、あらゆる反党分子の摘発と粛清に力をふるった。革命直後、担当地域の地主階級を問答無用で処刑しつくした。ジャガイモのような顔が多かった共産党のメンバーで唯一眼鏡をかけた細面で、地主階級出身の文人で毛沢東も一目置くほどの達筆だった。毛沢東の「かぎ爪」となって「汚れ仕事」の一切を引き受け、文革の後見人として古参の幹部を陥れ、多くの人に嘘の自白を強要し、投獄、拷問、処刑をとりしきって来た。(彼の評伝「龍のかぎ爪・康生」岩波現代文庫2011年による。龍とはもちろん皇帝=毛沢東のこと)このような中国共産党の暴力装置としての「抑圧と管理のシステム」は今も健在で、むしろ新技術によってバージョンアップされている。
*3:習近平のライバルであった薄熙来は、四川省で文革的な運動をおこないそれなりの人気実績を上げたが失脚した。習近平がそこから学んだとしても不思議はない。
 最近のニュースでは、ついに香港の中学・高校の授業で「習近平講話」の学習が義務付けられているようだ。毛沢東は建国の英雄で流石に崇拝され、その語録は読むべき内容があると思うが、ついに香港においてまで、凡庸な習近平の講話を読まされるとは、いよいよ事態は深刻になっているようだ。
*4:文化大革命は結局1976年毛沢東が死ぬまでは終わらなかった。しかしその後すぐに鄧小平が権力を奪取して、改革開放へ舵を切って、中国の現在の繁栄を導くことになる。毛沢東は政敵を処刑するよりはダラダラと監獄で生かして恥を与えることを好んだ。劉少奇は獄中で放置されて病死したが、かろうじて鄧小平は地方工場への下放で生き残った。毛沢東の「使えるやつ」という評価と、共に解放戦争を戦った同志への情け、あるいは周恩来の助命嘆願などでギリギリ助かったと言われている。しかし現在の、主要な政治家を全て対象とする蔡奇率いる緻密な管理統制監禁システムではあり得ないので、多くの粛清された軍人は「自殺」し、あるいは李克強のように「病死」させられている。

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