【epi-02】たしかな手応え。

 今回から2回に分けて、vol.018の編集後記をお届けします。後半は取材中の出来事、発行後までを綴っていきます。

 フリーペーパーの特性として、「読者の反応を確認しにくい」という部分があるのですが、vol.018 は思わぬ形で手応えを得られた号となりました。そのあたりのことについても触れていきます。


【不安材料】

 話が前後しましたが、インタビューは職場取材の前に終えていました。おにっちさんの特性を踏まえた形で実施する必要があったので、いつもの調子でというわけにはいかないのですが、それでもあまり不安は感じていませんでした。それまでのやり取りやおにっちさんのSNS 投稿などから、それほどナーバスにならなくとも会話が充分成立するのはわかっていました。以前、vol.009で知的障害の新藤美砂さん(仮名)を取材した時はほぼ初対面状態でしたので、インタビューをはじめるまでは緊張感を持っていたのをよく覚えていますが、おにっちさんとは既に接点があったので。

 思っていた通り、インタビューは滞りなく終えました。はじめはおにっちさんの方が多少緊張していたように見えましたが、話し始めると思った以上に饒舌で、おにっちさんが現在感じている充実感、それを他の同じような障害をもつ人たちも感じてほしい、との思いが言葉の端々から感じられました。だからこそ今回の取材を受けているんだろうなと思うと、そこはきちんと記事の中で抑えなきゃ、との思いで聞いていましたし、それは「追加で聞きたいことがあるので」と連絡したところ、仕事の後しか時間が無いとのことで、なぜか居酒屋で飲みながら話を聞くことになった時も同様でした。お酒を飲むとより明るく饒舌になるおにっちさんの様子からは、今の充実ぶりが伺えたのと同時に「他の人も自分のように楽しく志を持って働けるようになってほしい」という思いはきっと、それまで自身が味わってきた「わかってもらえない環境へのやるせない気持ち」に由来しているのだろうと思うと、「この記事は読む人が希望を感じるものに仕上げないと」と思っていました。
 なのでその時点で記事全体の構成に悩む必要はなかったのですが、それとは別にあるひとつの懸念を取材前から持っていました。それは「おにっちさんの話がそのまま使えるかどうか」です。
 前述のvol.009 取材時、美砂さんも思った以上にいろいろと話してくれて、取材直後はかなりの手応えを感じていたのをよく覚えています。ところがそれを記事に仕上げて校正をお願いしたところ、美砂さんのお母様からかなり多くの修正依頼が入ってしまったのです。この話は内容が違って実はこう、この名称は表記できない、この情報は表に出せない…など、それはかなり大幅な修正を施さねばならないほどのものでした。ですから今回もおにっちさんの話す内容が100%正確なのか、思い違いや表に出せない情報が含まれていないか、という懸念ははじめからあったんです。それを避けようとするならば、おにっちさんのご両親にインタビュー立ち会いをお願いするしかないのですが、さすがにそうもいかなかったので。結局vol.009 制作時と同様に、校正でチェックしてもらうほかありませんでした。
 やはり予想通り、初回校正戻しでいくつかのご指摘をいただきました。障害がわかった経緯など、ご両親に伺わないとわからない部分などもあるだろうと思っていたので、そういうご指摘はむしろありがたかったですし、他に大きな事実誤認などはほぼなく、固有名詞表記など比較的対応しやすいものが大半だったのですが、その中に2点ほど「これは困ったぞ」というものがありました。それはおにっちさんが「いじめられた/いじめた」件と、もうひとつは「キッチンカーで働いていた」件でした。


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【手応えを感じる瞬間】


 取材申し込み時からその時点まで、ご両親とは直接やりとりしていませんでした。おにっちさんは大人なのでいちいちご両親を通してやりとりするのもおかしいし、同居しているのは知っていたので「何か気になること、わからないことがあればご両親に伝えてくださいね」と常に話していたので。ですからこのご指摘が、ご両親のお気持ちや考えを聞く初めての機会でした。
 いじめの件は指摘されても仕方ないな、と予想していたんです。あまり公にしたい話でないのは想像できますし。ですが「いじめはする方もされる方も辛いものだと学んだ」というエピソードは、おにっちさんの人となりをよく表していると感じていたので、あえて掲載したのでした。それについては掲載意図をそのようにお伝えし、また特にお父様が懸念されていた「当時の学校や当事者の特定」といった事態に至るような情報は、取材時のおにっちさんの発言には含まれていたものの、校正の時点で紙面にはありませんでしたので、その旨ご説明すればご理解をいただけるかな、と思ったのですが、キッチンカーの方はご指摘自体も予想外でした。こちらの掲載意図に納得をしていただけるか、理由を伺う限りでは正直予想がつきませんでした。

 どうやらおにっちさんのお父様は福祉関係の職業に就いていらっしゃるらしく、障害者雇用や就労については知識もあり、ご自分のお考えをしっかりとお持ちの方のようでした。当時働いていたキッチンカーの就業環境は、おにっちさん自身は不満や問題を感じていた訳ではないものの、お父様としては考えにそぐわない環境だったらしく。それについては運営団体側とやりとりを重ねたそうで、その上で今も納得がいっていないご様子が伺えました。そういう理由で「キッチンカーで働いていた(=その団体に関わっていたこと)は掲載していただきたくありません」とのお申し出だったのです。これには困りました。
 今の会社に入るきっかけがキッチンカー、その運営団体が世間的に「問題ある団体」と認識されている訳でもないので、こちらとすれば掲載しない理由がない。掲載意図を説明しても感情的に納得できない、となれば削らざるを得ないのか、必要として強行掲載なのか…全く予想はつかないけれど、とりあえず説明するしかないので。「これこれこういう理由で、これは掲載する必要がありますし、掲載しない理由がありませんのでどうかご理解賜りたく」とお答えをしてあとは祈るだけ、と不安な気持ちでご返答を待っていたのですが。
 意外にもそれ以上強く要求されることはなく、掲載をご納得いただけたのでした。ああよかった、これでひと安心…とは思ったものの、これは全てメールでのやりとりだったので、お気持ち的にはどうだったんだろうな、とずっと気になっていたんです。渋々認めてくださったのか、こちらの説明が納得のいくもので、すっきりと認めてくださったのか。その真意を確かめる術は、こちらにはありませんでしたので。
 ですから冒頭の「追加で買い取りたい」の一言が、どれほどうれしかったことか。ご両親が堂々と「息子が取材されました」と配れるものに仕上げられたんだな、という安堵はとても大きく、この号を送り出せてよかったと強く感じた瞬間となったのでした。

 余談ですが、年明けに担当させていただいた淑徳大学での特別授業においても、終了後に声をかけてくれた学生さんのひとりから「おにっちさんの号、すごく好きで何度も繰り返し読んでいます」との言葉をいただきました。特別支援教育の教員を志す彼らにとって、大切なメッセージがたくさん詰まっている号だと考えていたので、それが届いている、と実感できた機会になりました。
 図らずもこのタイミングで取材したからこその内容、手応えとなったvol.018。はたして3 年前におにっちさんを取材していたらどうなっていたのか、そもそも取材自体成立したのかと考えると、ほんのささいな行動で物事は変わるものだと感じます。

追記:
この編集後記はvol.018の発行後、当時の購読会員向けに紙媒体で発行したものをnote公開用に再構成したものです。このnote版公開の直前におにっちさんのお父様等には実際にお目にかかり、取材のお礼をお伝えする機会がありました。その時には直接ここに記したエピソードについての会話はしませんでしたが、その時のご様子から「あの時感じた安堵感」は間違いではなかったと確信できました。


vol.018編集後記は今回で終了です。
次回更新からはvol.021の未掲載インタビューを4週にわたってお届けいたしますので、こちらもご期待ください。
更新は9月月初の予定です。

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