見出し画像

紀伊山地における山の怪異

こんにちはこんばんは。今日も来てくださりありがとうございます。

土着の民俗学を愛してやまない元司書です。地元が三方山に囲まれ、後一方は海という地形なので、山の話も好きです。そう言えば山と渓谷社の『山怪』が刊行されて後一年で10年になりますね。おめでとうございます。

2018年に三津田信三氏が編纂された『怪異十三』(原書房)を読み、氏が「ほんとうにぞっとした話を集めました」とあってとても読み応えのある怪異譚集でした。

その中に、短いながらも一際印象に残る怪談がありました。題名も一文字、すなわちそれは『蟇』(ひき)。宇江敏勝氏の山の怪異譚です。
紀州の山屋なら一度や二度、炭焼小屋跡や山で生活を営んでいた形跡を山中に認めたことがあると思います。
じっとりとした多雨地域の山中、季節は夏。山という異界に糧を得ている杣人の暮らしが垣間見える物語です。

たまたま近くに炭窯をもった2人の男たちが、初夏の夕暮れに体験した出来事が骨子となります。この2人が住んでいた炭焼小屋は何処にあるのか記述からは分かりません.紀州一帯の炭焼跡はそれこそ膨大な数があるし特定は不可能でしょう。
しかしながら、この短編に唯一ある「蟇」を吊った張本人の台詞があります。
曰く、「いま、この先へ、ええ声で鳴く蟇を吊っておいたよ」
この台詞、この通り言ったのだとすれば、紀州の人間ではありませんね。元より怪異好きな人が読めば、怪談であり人ではないのでしょうが、ここは「人間」である前提で考察します。

民話に隠された罪

地元民がこの台詞を言うとすれば、「今この先へええ声の蟇を吊っといたでな」(海山だと「ね」で終わるかな)なのでこの男は地元の人間ではないですね。
夏の夕暮れに他人様の家の窓を開けて覗きながらにしゃにしゃして声をかける男。気味が悪い。自分が手にかけた男を「蟇」と表現するのも異常さが見てとれます。ミステリ好きの個人的な感覚ですが、この人物像にサディストとか快楽殺人者を彷彿とさせました。

こういった人種は昔ももちろん今も居ます。
別資料になりますが、こどもが拐われた三太郎狐(海山地方ふるさとの民話と資料ー第二集ー)脇貞憲著 緑樹社)も同類項の民話ではないかと思っています。

終わりに

縊れた青年や拐われた少年は何処に行ったのでしょう。
捜査が及ばない時代に、狐や神隠しなどの現象は事件を風化させる、あるいは誤魔化すために都合が良かったでしょうね。
三津田氏はこの短い怪異譚の解説を「短いにも拘らず圧倒的に怖かった」「やはり本物はほど恐ろしいものはない」と評しています。
ホラー作家をして慄かせた民話が今も息づく根の国こそ我々の地元なんです。

参考文献;怪異十三 三津田信三編 原書房
山人伝 宇江敏勝著 新宿書房
海山地方ふるさとの民話と資料第1集第二集 脇貞憲 緑樹社

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?