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いまさら聞けない生物多様性って何?(2/2) by 藤沼潤一(Tartu大学・GEN世話人)

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 なぜ生物多様性が今注目されているのか。ヒト社会による生物多様性のケアの方法とこの問題の難しさについて考えてみよう。
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 前回のお茶直便では、生物多様性って何?から始まり、生態学分野で使われる狭義の生物多様性(Biodiversity)とそのバリエーションを、俳句並みの字数制限のもと解説を試みました(https://note.com/genmerumaga/n/n8388dcd21cff)。今日はその後編として、ヒト社会が生物多様性をどうケアすべきか(…を考えようとして大きな壁にぶち当たる)です。
 
(前編の補足)専門的な文章の中でも「生物多様性」という言葉は狭義(生物群集がどれほど多様かという量的情報もしくはその詳細な組成)にも広義(本来あるべき組成に近い“豊かな”自然…もやもや。)にも使われ、この言葉の意味は文脈によって変わります。この言葉を見たり聞いたりする時は、どのような文脈においてどのような意味で使われているのかを意識する必要があります。そして、非常にもやもやした言葉であるにも関わらず、今日「生物多様性」は社会の最重要課題の1つとして、科学者、専門家たちがしきりに強調し、政治、行政、民間に関わらず、“真剣に検討し配慮している”ポーズを取らざるをえない状況になりつつあります。
 
 以前、私が書いた記事、「私たちの日々の暮らしは生物多様性をどれほど脅かしてる?」 (https://note.com/genmerumaga/n/nf234b0688246)や、「菜食主義と炭素排出」 (https://note.com/genmerumaga/n/ncd59b727d2aa)でも取り上げたとおり、社会活動が生物多様性にどのような経路でどのように影響を及ぼすかは、非常に複雑で難解です。世界の最先端をいく科学研究でも、単純な人為インパクト(外来種の侵入、気候変動、生息地の損失劣化、過剰捕獲&採取、汚染、etc....)が、(狭義の)生物多様性にどのような影響を及ぼすかを実験/比較し確認しているような段階です。また、世界をリードする保全関連機関でも、どのタイプの人為インパクトが生物多様性危機に直結しているか、という基本的な部分において異なる見解を示している状況です(図1 ; Bellard et al. 2022@Nature communications)。

 まったく、科学者や専門家は今まで何をしてきたのか……。日々、生態学や環境科学の研究に携わり、さまざまな新しい理論や事象を見聞きすればするほど、ほとんど全ての生態学的問いに対して「はっきりとしたことは言えない、というのが正直なところ」と思うようになるのです。人為インパクトの作用経路やその影響の複雑さのみならず、対象とする生き物の種類(クジラ?酵母菌?)、生態系の種類(陸?海?街?)、指標(種の数?サンゴの被覆率?)などなど、着目する現象、さらにそれをどう測るか、によって見えるものが180度変わります。すなわち全てがケースバイケース。このバラバラ感が、現象の単純化や一般化(規則性の発見や記述)を困難にし、生物多様性の挙動の理解やそのメンテ方法を簡単にまとめることを不可能にしているのです。この状況は科学の進歩とともに多少は改善されるかもしれません…が、現象自体が非常に複雑な系に基づいている(風が吹けば桶屋が…的)ことや、地球上の生命&非生命現象、さらに社会活動(戦争や大規模な人災)の多様さやその組み合わせの多様さを考えれば、このアプローチ自体にも限界があるのは明確です。ただでさえとても複雑な自然現象ですが、さらにさまざまな不確実性の高い社会・将来予測(気候変動、インフラ発展、etc....)を組み入れると、人為インパクトと生物多様性の関係はますます掴みどころがなくなります。以上のとおり、生物多様性保全にどう取り組めば良いのか、は今後も“?”マークが至る所に散らばる状況は続く、というのが私の直感です。
 
 あえて希望を見出すとしたら、この分野でもAIかもしれません。突然2022年にChatGPTがどんな問いにでも答えてくれるようになったように、NatureGPT(仮)のような言語モデルが、大量の既存観測や生態学的理解に基づく文字情報を吸い込んで、日々のさまざまなシーンでの意思決定に対して「正解」や「正解っぽい不正解」をさらりと教えてくれる日が訪れるのかも知れません。
 
 NatureGPT(仮)なるものが登場するまでの間、当面、生態学の深い知識がない一般の方が日々の意思決定を行う上での指針を提示して終わりにします。上でも述べたとおり、まずは、非常にケースバイケースであることを意識しつつ、主な人為インパクト(外来種の侵入、気候変動、生息地の損失劣化、過剰捕獲&採取、汚染、etc....)と色々な対象事象(クジラ、酵母菌、陸、海、街、種の数、サンゴの被覆率、etc....)に思いを馳せ、己のアクションの作用を想像します。そして、複数の意思決定オプションを準備してみるのが良いと思います。環境インパクトのほかに、合理性、経済性、人道性も尺度として取り入れ、用意したオプションがこれらの尺度の上でどのようなバランスを示すのかを検討します。直近で測れる一次的なアクションと効果の関係のみならず、複次的で連鎖的な作用・効果を想像し(精度の高い推定は4つ前の記事の通り困難を極めます)、自分の気持ちにピッタリ合ったオプションを選ぶのが良いかと思います……孫、曾孫、曾々孫の笑顔や、世界の反対側の仲間の苦労を思い浮かべながら。
 

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