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菜食主義と炭素排出 by 藤沼潤一(Tartu大学、GEN世話人)

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菜食主義や菜魚食主義(ペスカタリアン)、味の好みは別にしたら日本ではかなりマイナー。欧米を中心に広がる肉製品回避の動きの多くが、環境への配慮に基づくもの。今回は、台所事情と炭素排出の関係を考えてみた。
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欧米を中心に増加する菜食主義。宗教? ファッション? それとも動物愛護?
(以下、具体的な数値統計は年々変動するものであり、目安程度に読んでもらえたらと思います)
 
【炭素排出削減の個人目標】
 地球温暖化の主要因である温室効果ガスは、自然と社会のさまざまな現象や活動から排出されます。1人のヒトが暮らしの中で排出する炭素量(household carbon footprint)は、ヒトの暮らしぶり、また社会のあり方によって大きく異なります。例えば、1人当たりのCO2排出量の世界平均は、3,400 kg/年/人(2011年の例;Stadler et al., 2018)ですが、典型的な富裕層の排出量は65,000 kg/年/人 (Otto et al., 2019)と言われており、平均の20倍近くになります。また日本人の排出量はおよそ7,200 kg/年/人と世界平均の倍以上あります(Yu et al., 2022)。つまり、個人ベースで暮らしぶりや生活のあり方を見直すだけで、個人の排出量を大きく削減できる(or 増加させてしまう)可能性があるんです。ちなみに、2050年までの気温上昇を1.5度に抑えるためには、1人当たり 2,300 kg/年/人 ほどの排出量に留める必要があると言われており、この目標値は年々小さくなっていきます(年毎の削減目標の宿題がたまる)。
 
【どうやって個人レベルで炭素を削減?】
 生活改善によるCO2削減量をリストした2017年の論文(Wynes & Nicholas 2017)では、人の暮らしぶりの様々な変換が、どれほどのCO2排出削減効果をもたらすのかを推定しました(世界の様々な地域のデータの寄せ集め)。「車のない暮らし」が全体の2位でおよそ2,300 kg/年/人 の削減量。3位以下は……
3位: 欧–米間の飛行機渡航を1回減らす(1,600 kg/年/人)
4位: クリーンエネルギーへの切り替え(1,500 kg/年/人)
5位: 燃費の良い車の購入(1,200 kg/年/人)
6位: 電気自動車から車なし生活(1,100 kg/年/人)
……。と続きます。気になる1位は「子供づくりを1人分減らす」で、2位の26倍の60,000 kg/年/人の削減量。そして、この論文が設定した「削減インパクト大」のカテゴリーの中の最後の1つが、今日のトピック「菜食スタイルへの切り替え(800 kg/年/人)」です。
 
【日本の食卓から出る炭素】
 日本では、各家庭から排出される炭素ガスの81.2%が間接排出量です。間接排出量とは、家庭で消費する製品やサービスが製造される過程で、家庭外で排出された炭素量を意味します。この間接排出量の中でも食事由来の排出が19.8%を占めます(図; 直接+間接の16%; Long et al., 2021)。食事由来と言っても、食品の生産から運搬、包装、販売方法など、さまざまな工程を経て、私たちのテーブルに届きます。なので「どのような食生活が炭素排出の点から見て最も望ましいのか?」は一概には語れません。各食品が、生産現場から販売までのすべての工程でどれほど炭素を排出したのか、製品ごとにしっかり表示される日が来るのを願うばかりです。
 


【食卓をどうデザインする?】
 現状では、勘に近いセンスで、炭素排出量の多い食品を嗅ぎ分け、食べた満足度、栄養価などなどを踏まえて、低炭素負荷な食卓をデザインするしかありません。ここでは、私なりの4つの指針を紹介したいと思います。1)肉魚より野菜・穀物を選ぶ、2)生産現場が遠い食品を避ける、3)肉魚を食べるならタンパク質生産効率の高い動物、4)ストイックになりすぎない。
 Wynes & Nicholas (2017)の通り、菜食スタイル(vegetarian/vegan)への切り替えは、単純で効果の高い手段です。しかし地球の反対側で生産された大豆を原料にした豆腐を食べるよりも、自分の庭で育てた鳥肉の方が炭素負荷が低いのは直感でもわかるはずです(詳しくはPoore & Nemecek, 2018)。食品の運搬だけでなく、肥料や機材の運搬に長距離輸送を伴っていれば、それだけ負荷は高まります。また同じ肉でも、どの動物の肉なのか、どのような飼育状況なのかによって、炭素負荷は大きく異なります。例えば、炭素負荷が最も高いと言われる牛肉でも、乳生産を終えた個体を消費することは、それほどの炭素負荷にはなりません(Poore & Nemecek, 2018)。食品と炭素負荷は、実際と直感とではかなり乖離があるので、インターネットなど要チェックです。
 「んじゃ、今晩から我が家はもう植物しか食べない……」というポリシーは、極端すぎて持続性に欠けるかもしれません。満足感や食品から取れる栄養を十分に考慮し、上述の4指針を念頭に食生活を楽しむのが良いと思います。また、購入だけではなく、自ら生産してみる、というのは、とても魅力的で最も効果の高い選択肢です。また、炭素排出だけでなく、生物多様性への負荷(天然の絶滅危惧種や、貴重な生息地を破壊して開拓された農地からの生産物など)も、食生活をデザインする上で非常に重要です。。が、それは、また別の機会にしましょう。マクロ生態学者(Tartu大学・エストニア共和国)の藤沼でした。
 
Long, Y. et al., 2021. Monthly direct and indirect greenhouse gases emissions from household consumption in the major Japanese cities. Sci Data 8, 301.
 
Otto, I. M. et al., 2019. Shift the focus from the super-poor to the super-rich. Nat. Clim. Change, 9(2), 82–84.
 
Poore, J. & Nemecek, T., 2018. Reducing food’s environmental impacts through producers and consumers. Science 360, 987–992.
 
Stadler, K. et al., 2018. EXIOBASE 3: developing a time series of detailed environmentally extended multi-regional input–output tables. J. Ind. Ecol. 22, 502–515.
 
Wynes, S. & Nicholas, K.A., 2017. The climate mitigation gap: education and government recommendations miss the most effective individual actions. Environ. Res. Lett. 12, 074024.
 
Yu, F. et al., 2022. Uncovering the differences of household carbon footprints and driving forces between China and Japan. Energy Policy 165, 112990.
 

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