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私たちの日々の暮らしは生物多様性をどれほど脅かしてる? by 藤沼潤一(Tartu大学・GEN世話人)

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要旨
地球温暖化と並ぶ地球環境2大危機のもう片方、生物多様性について。『自分の暮らしがどれほど多くの生物種を絶滅に追いやっているのか?』に関して、最新事情に触れつつ現状と課題を確認してみよう!
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【個人レベルの生物多様性インパクトを測定できる?】
前回に引き続き(菜食主義と炭素排出 https://note.com/genmerumaga/n/ncd59b727d2aa)今回も"自分の暮らしから見直してみる"のコンセプトで、個人の暮らしや選択が生物多様性(超訳:地域ごとに見られる生物たちのありのままの寄せ集め)にどのように影響するのかを考えてみようと思いました。が、炭素排出量の推定のように一筋縄にはいかないんだ、というのが結論。
 
さまざまな環境・社会問題に共通した元凶は、ずばり「問題が生じている現場と自分の暮らしとの距離」でしょう。問題が遠過ぎて全てがうやむやになり「とにかくできる限り努力するしかない」「町内で1、2を争うほどの質素な暮らしぶりだからOK」のような、目標のない努力や精神努力が、特に生物多様性保全に関しては世界の標準となっています。「環境を最も意識している」人たちでもそれは同じです。
 
『私たちの日々の暮らしがどれほど二酸化炭素を排出しているのか』は推定方法や関連情報の充実によって、具体的な推定値を細かく確認できるようになりました。例えば、Mulrow et al. (2019)は31の炭素排出量推定サービスをリストしています。炭素(地球温暖化)と並んで地球環境の2大危機のもう片方である「生物多様性」に関してはどうでしょうか? 生息地の消失や汚染、生物の乱獲、物理環境(気温や降水)の改変、生物間の関係の改変などなど、ヒト社会はあらゆる活動を通して生物多様性に影響を与えています。では、私の生活(例えば1年間の暮らし)が、どれだけ多くの生物種をどれだけ絶滅に近づけたのか(生物多様性インパクト)はどのように推定され評価されるのでしょうか。今日は、昨年4月に公開された英オックスフォード大学の事例(Bull et al. 2022@nature紙)を紹介しつつ、この問題の現状と課題を考えてみます。
 
【オックスフォード大学の事例】
オックスフォード大学では、大学運営全体が及ぼす生物多様性への影響(インパクト)を、極力詳細にわたって推定しました。具体的には、大学の会計情報から、中間インパクト(温室効果ガス排出、土地&水資源利用、水質&大気汚染)さらに最終インパクト(生物多様性への影響 = 地域的な生物種絶滅の相対量)の推定へと繋げました。中間インパクトはExiobase3などの変換情報、最終インパクトはReCiPe(Huijbregts et al. 2017)と呼ばれる変換アルゴリズムを利用して推定しました(図1)。
 


その結果、中間インパクトであるオックスフォード大学の温室効果ガス排出量は、カリブ海小国(セントルシア)と同じ規模と推定され、イギリスの大学1つが小国に並ぶインパクトを示すという事実は驚きの一言に尽きます。生物多様性に対するインパクト(最終インパクト)は、今回の事例のような詳細な評価の前例がなく、他と比較することができないとのことでした。
 
さらに論文では、生物多様性インパクトを収支ゼロ(破壊 – 再生 = 0)にするために、どのように大学運営を切り替えるべきか、に関して具体的な戦略オプションを3つ紹介しています。削減方法には「超低インパクト化の追及」と「生物多様性オフセット権の購入(他の団体に生物多様性再生を委託)」という2つの選択肢があり、この2つのバランスによって収支ゼロの目標は達成可能だそうです。「超低インパクト化の追及」オプションを最大限用いた場合(例えば学食で肉を売らない…など)、現状の32%程度のインパクトに抑えることができ、残ったインパクトは、オフセット権を購入して破壊と再生を相殺する、ということになります。
 
【厳しい現実…】
この論文(Bull et al. 2022)が世界に響かせた一番の警鐘は「世界の名門であるオックスフォード大学ですら『インパクトの評価推定値には不安が残る』と表現するほどの難易度(と手間)」という事実だと思います。この難易度が壁となって、これまでにどんな組織や団体でも、この事例ほど詳細な生物多様性インパクトの評価を行っていない、とのことでした。
 
どおりで、私たち自身がどれほど生物多様性にとって脅威となっているか、はっきりとしたイメージが持てないわけです。今後、情報開示、情報集約、推定方法開発に伴って、暮らしと環境の豊かさの関係が、誰にでもわかりやすく提示される日が1日も早く来ることを願うばかりです。
 
 
【参考文献】
Bull, J. W., Taylor, I., Biggs, E., Grub, H. M. J., Yearley, T., Waters, H., & Milner-Gulland, E. J. (2022). Analysis: The biodiversity footprint of the University of Oxford. Nature, 604(7906), 420–424. https://doi.org/10.1038/d41586-022-01034-1
 
Exiobase3. https://www.exiobase.eu/
 
Huijbregts, M. A. J., Steinmann, Z. J. N., Elshout, P. M. F., Stam, G., Verones, F., Vieira, M., Zijp, M., Hollander, A., & van Zelm, R. (2017). ReCiPe2016: A harmonised life cycle impact assessment method at midpoint and endpoint level. The International Journal of Life Cycle Assessment, 22(2), 138–147. https://doi.org/10.1007/s11367-016-1246-y
 
Mulrow, J., Machaj, K., Deanes, J., & Derrible, S. (2019). The state of carbon footprint calculators: An evaluation of calculator design and user interaction features. Sustainable Production and Consumption, 18, 33–40. https://doi.org/10.1016/j.spc.2018.12.001
 

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