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第13話 そこにあったはずなのに、失われてしまったものたち

赤い風船を片手に、小学校の廊下を走っていた。

糸の先についた風船が、揺れながら僕のあとをついてくる。昇降口で靴を履き替え、強風で白い砂が巻き上がるグラウンドに飛び出した。
二階の教室の窓から、同級生たちが僕に声をかける。

「風船、もう貰えるの!?」
 みなが騒ぎ出す。どうして持ってるの? わたしも欲しい! ずるいぞ!
「ピロティで先生が配ってるよ!」
風船を揺らしながら、誇らしげに伝えた。

小学校の創立記念日に、イベントが催されることになっていた。昼休み、グラウンドに全校生徒が集まり、いっせいに風船を空に放つ。
昨日のうちに、担任教師から聞き出しておいたのだ。どこで何時に、風船を手に入れることができるのか。

同級生たちが風船を求めて、我先に教室から飛び出していくのが見えた。
僕はひとりぼっちのグラウンドで、風船を振り回しながら優越感に浸っていた。
レアなシール、手に入らないプラモデル、すぐに売り切れるコンサートのチケット。誰も持っていないなにかが「そこにある」ということは、とても魅力的なことなのだろう。

刹那、突風に煽られ手元が軽くなった。
結びつけていた糸が解け、赤い風船が飛んでいく。まずい! 数十センチ先の空中に向かって手を伸ばした。けれども届かない。ゆらゆらと浮かび上がっていくそれを必死に追いかけた。右へ、左へ。まるで知能を持っているかのように、風船は僕を弄んだ。

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