1曲も1コードすら弾けないのに、ギターケースで園児が喜んでくれた話
2年半前、アコースティックギターを買った。
コロナ禍で何もかもストップした時、新しい趣味や習慣が増えた人も多いと思う。
本当に家で過ごさざるを得ない時間が続いた。
その分新たなチャレンジをし、それで成功し、今に至っている方も多くいる。
そういう方々を、特にSNSで観た際は、自分は何も進めていないという劣等さも感じた。
何かはじめなければ行けないみたいな空気と、劣等さから、僕はあの当時ギターをはじめた。
なぜギターか。
音楽をずっとやってみたかった。いつかバンドを持ちたいから。
「池袋ウエストゲートパーク」、「あまちゃん」などの脚本家・宮藤官九郎さんは脚本、俳優、監督、舞台演出、ラジオなどをする傍ら、阿部サダヲさんがボーカルのバンド「グループ魂」でギターと作詞をしている。
宮藤さんは、一体いくつこの業界の一流を掴んでいるんだ…。
僕もいつか俳優や脚本家などの方々で結成されたバンドをやりたい。
その時は勿論、ギター・作詞担当で。その為のギター。
もう一つは、2019年元旦のTwitterでの呟きで「5年以内に日比谷野音のステージに立ちたい!」と投稿したこと。
(当時はそのツイートに4いいねしか付いていなかったと認識していた。
今回見返してみたら1いいねになっていた。3いいね減っていた。
元々1いいねだったのに思い出補正で4いいねの記憶にされていたのか。それとも3いいね取り消されたのか…)
というか、そもそも音楽やってないのに、なぜそんな事呟いたのか。
願望としてはある。野外ステージかつ、公園の緑と日比谷のビル群が見えるあの立地が最高だ…!
いやいや…。まず新年呟くなら、俳優としての目標を口に出せよ!
今ならはっきりと言えるが、当時呟けなかった理由は分かっている。
俳優の目標を書くと、自身と向き合わなければならないから。
可視化する事により、達成しなければいけない恐怖が生まれるから。
だから、本質からは逃げられ、またユーモアとして面白いって思われたら‘いいね‘や新たな‘フォロワー‘が付くかもとの理由から、当時これを呟いた。
結果は新規フォロワー0の1いいね。当然だ。
ともかく2020年4月。始まったギター練習生活。
目標は最も好きな曲・PRINCESS PRINCESS「M」を弾く事。
なぜこの曲が最も好きな曲なのか。
「M」を好きになった経緯と、PRINCESS PRINCESSと僕の思い出は、卒業論文の規定文字数でも足りないので、改めて書きたい。
まずはコードを覚える事。
初心者入門book付きでギターを買うこともできたが、それだと値段が3000円ほど高くなるので購入せず。
そう、今やYouTubeで初心者向けギター練習動画が山ほどある。
「これならタダで習得できる!」
とスタート。
1日目、2日目と楽しく学べた記憶がある。
だが3日目、4日目。ここらへんは練習したときの記憶がない。
5日目、練習をやめた。これは明確に覚えている。
それ以降はやっていない。身体が証明している。
6日目にその倍の時間をやれば補填できると、5日目をサボったが、翌日は「倍の時間練習しなければいけないのか…」という事が億劫になり、やらなかった。
その翌日こそやろうとするが、数日ギターを触ってなかった影響で、1日目に覚えた事も忘れている。
「ほぼ一からじゃねえか…」
億劫に拍車がかかる。
何においてもそうだが、この拍車がはじまると大抵はやめることになる。
そしてそれから2年半。
Adoさんが「うっせぇわ」を出し、Billboard Japanで1位を獲得し、さいたまスーパーアリーナライブ、そしてウタの「新時代」、さらに海外のレーベルとパートナーシップを結んだまでと、ほぼ同じ期間。
まさに天と地。天天天と地底。
その2年半。
たまに目にする、段ボールに入ったギター。
目に入る度に「箱から出せ」、「早く弾けよ」と言われてるようだった。
そして‘ヤツ‘と長い時間向き合わざるを得ない時が来る。
昨年の秋。コロナにかかり、1週間近くの自宅療養期間があった。
自室での隔離。椅子から立ち上がる。寝返りを打つ。
「イカゲーム」を見終わり背伸びをする。
何かする度、段ボールギターが目に入る。
この脅迫は相当だった。
幸い、コロナは無症状だったのだが、ギターへの脅迫症状は日ごとに増していった。
思い出させる。
「Mを弾きたいんだろ」
「日比谷野音に立ちたいって呟いたよな」
「ゆくゆくは自分主導でバンドを作りたい?」
「26日はクレジットカードの引き落とし日だぞ」
隔離期間なので、逃げられない。
決心した。
「ギター、…やろう」
まずはネットでギターケースを購入した。
そうすればギターは段ボールから出ることができ、この脅迫は少し薄れるはずだ。
次に最も大事なギターを弾けるようになる事。
YouTube、または入門本などでは、絶対続かない。
「……ギター教室に…通おう」
翌月の自分に丸投げできるクレジットカード支払いを選択し、月2回コースの教室に入会した。
そして、隔離期間を終え、ギター教室初日。
ギターケースを背負い、最寄り駅まで自転車を漕いでいた。
宅急便で運ばれて以来、ギターにとっては2年半ぶりの外の世界。
確実に喜んでいる。
またギターケースを背負う感じが、学生時代に部活でテニスバックを背負ってた感覚に似ていて、いい気分になった。
その時…
誰かの「あ!?」
の大声。
僕「!?」
大声の方角は斜め上。
見上げると、2階建ての保育園の屋上で1人の男の子が叫んでいた。
「ギター!!」
1人の男の子がその声を出すと、
「ギターだ!」「ギター!!!」
と輪唱のように、他の園児たちも屋上から顔を出し、僕を見た。
めちゃくちゃ興奮している園児たち。
まずギターケースを見て、ギターと認識していることに驚いた。
そして何よりはギターが入ったケースを見ただけで、何人もの園児の方たちがめちゃくちゃ喜んでいたこと。
「まだ1曲も、ワンコードも弾けないのに、こんな人の喜ばせ方ってあるのか…」
この驚きと不思議は、はじめての感覚で、そして僕も幸せな気持ちになった。
そんな道のりから、ギターレッスンははじまった。
約1ヶ月後の現在。
今、レッスンでは『世界でいちばん熱い夏』を練習している。
最初「M」を弾きたいですと伝えたのだが、
意外にもバラードの方がギターコードの切り替えやピッキング(弦を弾くこと)などが難しく、アップテンポやフォークソングの方がギターはやりやすいですよと言われ、その曲になった。
「M、出来ないの…」
「M」の道のりの長さを感じて、再び絶望したが、ここでやめてしまえば、2年半のギターの呪縛プラス屋上の園児たちの喜び呪縛も付いてくる。
「あの人はただギターケースを背負ってる人だったのか…」
もうすでに潜在意識で園児たちが脅迫している。
そんな風には思われたくない。
アコギで「M」を弾き、歌う。再びあの園児たちを喜ばせるために。
「M」の呪縛と園児の喜びのための道のりがはじまっている。
※5年以内に日比谷野音に立ちたいとツイートした期間まで、2年を切っている…。
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