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塾でキャリア教育を始めた理由①

塾の仕事を始めてから、中高生の会話に違和感を感じていた。

改めて自分が大人になって客観的にそれを聞くようになってから気づいたことだが、休み時間の教室から愚痴や文句が聞こえてくる。(決して四六時中というわけではないが)

もちろん、これは今の中高生だけに限った話ではなく、過去の自分もそうだったと思う。

例えば、どんな会話かというと
「体育祭練習、面倒くさいよね。」
「修学旅行の班最悪だよね。」
「課題多すぎ」など…こういったよくあると言えばよくある。挙げればまだまだある。

うーん。これはどうにかならないかなあって思ったりする。

なんでこんな言葉が出てきてしまうのだろうか?

色々考えた結果、
これは受動的な教育環境に問題があるんじゃないかと思う。

この「受動的」というのがポイントだ。

宿題は与えられるもの、行動するときは先生から指示をされてからするもの、行事やその内容などやるべきことは予め決められているもの。…など

もっと言えば、修学旅行は京都に行く、体育祭は徒競走やダンスをやる、練習日もすべて決まっている、勉強する内容、時間割、試験日、試験範囲など全て決まっている。

あとはその決められたレールにのるだけ。思考停止状態だ。

これでは自分の頭で考える機会が少なすぎるのではないか。

こんな受動的な状況で自分で決められることが少なければ、愚痴や文句が出てしまうのは当然といえば当然かもしれない。

中高生ならまだそれでいいかもしれない。
でも、大人になってそれでいいのか?大人でも上司や会社の愚痴や文句を言っている人もいる。 

果たしてそれでいいのか?
考え方は人それぞれだけど、自分はそれが良いことだと思わない。

受動的な教育環境が原因だとして、これが身についてしまったとしても、それでも塾としてできることはある。

「受動的ではなく能動的な姿勢を身につけること」や「自分の頭で考えること」、「自分の人生は自分で決めていくもの」ということを学んで欲しい。それが実現できる時間がキャリア教育だと思う。(もちろん一筋縄ではいかないが。)

キャリア教育というのは、通常の授業形式(講義や演習型)と違って生徒主体の授業だ。先生はあくまでファシリテーター。

生徒が中心となって、自分自身の意見や考え、アイディアなどを発信したり、グループで討論したり、プレゼンをしたりする授業だ。

授業の形式だけでも普段とは全く違う。

もちろん、塾なんだから受験のためだけ、点数を上げるためにやればいいという意見もある。

でも、受験で人生が終わるわけではない。

受験が終わって、その後大学生や社会人になった時に、正解がない中、自分で考えなければならない時が来る。

そんな時に、与えられる、指示されていることが当たり前という状況ではいけない思う。自分で考える習慣というのを少しでも身につける必要がある。

「受動的から能動的へ。」これが一つキャリア教育のテーマだ。

そして、そんな能動的な姿勢が、結局は今やっている勉強にプラスにつながっていきます。

(次回に続く。)

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#23 塾でキャリア教育を始めた理由①

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