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詩学(著:アリストテレス、訳:三浦洋、光文社古典新訳文庫)

優れたストーリー創作の本質を描くアリストテレスの名著。「詩学」という名前から現代の僕らは「詩 (poetry)」のことを取り上げている本だと考えてしまうが、古代ギリシアでは創作全般を「ポイエーシス」と呼んでおり、本書は本来創作全般を扱うことを企図して書かれた作品である。ポーエーシスが英語のpoetryの語源となり、「詩」の意味合いを帯びることになったため、日本語でも「詩学」と呼ばれるようになりそのまま浸透したようだ。

光文社古典新訳文庫から出版されている翻訳は、前半がアリストテレスの書いた文章の翻訳、後半が翻訳者の三浦洋さんによる解説という構成になっている。前半部分の翻訳はとても読みやすく、注釈も豊富で理解しやすい。この時点で言うことなしなのだが、それに加えて後半部分にある三浦洋さんの解説が素晴らしく、僕のようなアマチュア読者の理解を大いに助けてくれるので、トータルで満点越えだ。「詩学」を読んでみたい方は、光文社古典新訳文庫から出ている本書を買うことを強くお勧めする。

個人的に本書で一番面白さを感じたのは、アリストテレスが「優れた作品を生み出すためのストーリー作り」の本質を取り出して説明するために用いた論理展開だ。詳細は三浦洋さんの解説を読んでほしいが、自分の考えを整理するためにざっくりとした理解を記しておく。
優れた作品を生み出すために、どんなストーリーを組み立てる必要があるのか。単純な問いだが、答えるのは非常に難しい。単に自分が好きな作品の共通項を示したとしても、それが何故一般的に優れた作品と言えるのか、どうしてそのストーリー創作の方法が普遍的なものだと言えるのかという問いに耐える答えにはならない。

アリストテレスは、いきなり問いに答えるのではなく、まず定義から始めていく。古代ギリシャ悲劇(当時の演劇は総合芸術であった)とは外形的にどういうもので、どういった経緯で発生したかを整理する。その上で、「悲劇とはそもそもどういう働きをするものなのか」という本質を抽出し、普遍的な定義を行っている。

物事を定義することは、実は非常に難しい。ただ、本書から1つ言えることは、物事を定義するには2つのやり方があるということだ。1つは、ある物事を構成する外形的要素を挙げていくこと。そしてもう1つは、ある物事の働きを同定することだ。

現代に当てはめると、例えば「ベンチャー企業」を定義しようとした場合、1つ目のやり方では創業からの年数や所属人数、創業者の有無等、外形的要素から同定していくことになる。一方で2つ目のやり方を取ると、「ベンチャーとは大手企業ではリスク/リターンの合わない領域に、創業者の想いと機動性の利を生かしてあえてチャレンジしていく」という「働き」を持つ組織だと同定していくことになる(これは例なので、この定義が妥当か/十分かという議論は置いておく)。

つまりアリストテレスは、古代ギリシャ悲劇を定義するために、1つ目やり方でまず下地を作り、2つ目のやり方で本当に言いたかったことを表現した、ということになるだろう。なぜ2つ目のやり方で定義する必要があったかというと、「働き」を定義することで「あるストーリーが素晴らしいかどうか」を判断できるようになるからだ。ベンチャー企業の例で言えば、素晴らしいベンチャーは上で定義した働きが生み出されているかどうかということになり、もしチャレンジがなくなればただの一企業ということになる。

更に、一度「働き」を定義することができると、1つ目のやり方で挙げた外形的要素も異なる見え方ができるようになってくる。つまり、どれだけ強く「働き」に作用するかによって、各要素を整理し、特に力を入れて考えるべき要素を抽出することができるようになるということだ。

単に「古代ギリシャ悲劇を論じた古い芸術論」として読むと、遺跡のように感じてしまうかもしれない。然し、透徹した論理思考を芸術という一見相容れなそうな領域に持ち込むことで、あらゆることについて本質を捉えたうえで分解して考えることができる、という点を学べる本として読むことができれば、現代においてもこれほど知的に刺激的で、かつあらゆる場面で応用できる内容を学べる本はそうないだろう。

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