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素人が源氏物語を読む~若紫(1)北山編: 光源氏、感染症に罹ったってよ。

こちらでは、まだ外出自粛が続いています。
『若紫』冒頭では、光源氏も感染症にかかりました。こんなタイミングで、そんなシーンを読むんですから、平時より気持ちが入ります。

瘧(おこり)っていう感染症なんだけど、それに対して為される医療行為が加持祈祷なんです。

ちょっと前の『ナショナルジオグラフィック』では貧困エリアでの医療がまじないだったりすることを美しくもショッキングな写真とともに伝えていました。

しかし、源氏物語のときは平安時代。セレブの医療もまじないとかなんですよ。いとあはれ。マジかわいそう。

とはいえ、治療法が確立されてない病に罹るという文脈では、時代の違いを笑えません。当人たちの心情は切羽詰まったものでしょう。かくいうわたくしも真剣にステイホームしてます。仕事と家の往復でもう3ヶ月もコーヒーを飲みに行けない。

サイキックレディ六条御息所も活躍するような世界観の作品の中では、まじない治療者の中にも、特に優れたパワーを持つひとがいるんですよ! さすが、平安時代って異世界!!

さて、真面目に書いていきましょう。

「若紫」は3分割で書く予定です。


北山編
藤壺編
誘拐編。

1帖=1回で書けばいいじゃん、と私も思うのですが、いかんせん、読んでると書きたくなるんです。

今回は北山編です。こんなことを書いていきます。

あらすじ
トラベルガイドに旅心誘われる
ストーリーテリング
2人の僧
物の怪の仕業なのかもしれない


では、ひとときお付き合いくださいませ。

■あらすじ

光源氏は感染症に罹り、高熱が何度もぶり返す。宮中での治療の効果が芳しくなく、評判の高い北山の行者の治療を受けに行く。治療を受け休憩する、その繰り返しのうちに、近隣に10歳の少女を発見。

実は光源氏は父帝の正妻たる藤壺に禁断の恋心を抱くが、もちろんどうにもならない。僧坊の少女は藤壺に似るので光源氏は執着する。引き取りたくなったが少女は嫁になるほどの年齢でもなく交渉決裂。

平癒ののち、別れの挨拶や、迎えに来た左大臣ファミリーとの音楽セッションをしてから宮中へ。それから左大臣邸で正妻=葵上に会うも心は外の女たちや北山の少女のことでいっぱい。

(えー、正妻いるのに継母に横恋慕してて、そのうえ継母似の10歳児にも……って、ほんと何なの? って、このあらすじを書いてて思いました。あと、顔ってそんなに大事なんですか、って源氏物語読んでるとよく思います)

■トラベルガイドに旅心誘われる

前の巻の「夕顔」では、突然死した夕顔を弔いに、東山ってエリアに光源氏は行ったんです。四十九日は比叡山。

このときは、光源氏は基本的に心が乱れているので、物見遊山的な余裕が全然無いんです。光源氏が物珍しく眺めた、っていう意味では五条の通りの賑やかさなんかもそうなんですが、言ってもあれは京の都のうちですから。

光源氏は宮中育ちの世間知らずなんですよ。五条に行って物珍しいくらいなんだから、都の外に出たら絶対いいリアクションしてくれる筈なんですよね。

「それを書けなかったのが惜しかった……」と紫式部先生がお思いになられたかどうか知りません。「夕顔」の東山で書けなかったことをリベンジするかのように、次の巻の「若紫」では、さっそく光源氏を都から北山へと連れ出します。

その時点、三月の晦日なんだけど、京の都は花の盛りが過ぎてるんだけど、北山に登っていくと花盛りになるとかね、地理的条件を活かした描写があって旅への憧れをかきたてられるのです。

ちなみに、東山は京の都の東にあって、北山は同様に北にあります。わかりやすい! さすがは長く続いた都。

できれば分県地図とか見て東山と北山とで山の険しさとか違うのかなって、調べたかったんですけど、京都のって常に書店の棚に並んでないんですよね。売り切れで。外出自粛なので、無いかもしれない物のために書店に行くのも憚られて確認できてません。

それで。光源氏はパワフルな行者の治療を受けるんだけど、治療の合間に休憩タイムがあるんです。そのときに何をするかっていうと、そこがトラベルガイドみたいになってるんです。

光源氏は宮中育ちで、外のことはあまり知らない。たかだか京都のすぐ北の山から景色を眺める、くらいのことでも経験無いから感激しちゃうんです。

そしたら、家来たちは「全然こんなもんじゃないっス」って語りはじめます。東の国の富士山のこと。西国の海岸や磯の素晴らしさ。近場なら明石の浦の海の美しさ。

実はここで、後の重要人物である明石の君についても紙面を割いて語られてるのですが、ここでは省きます。

そう、「内裏や都の外にも世界は広がってるんですよ!」 というのを紫式部先生は書いているんです。都は上澄みのような世界だよ、って。ええ、スミマセン、紫式部先生がお亡くなりになられてるのをいいことに、勝手な解釈をしました。

あるいは、ビジネス書的に読もうとするなら「内部に手応えがないなら外部の手腕をもとめよ」というメッセージを読み手が勝手に読み取ることもできそうです。


■ストーリーテリング

京の都の話が延々と続いたら、おそらく読者は窮屈に感じたでしょう。そこで北山に行かけてみせたりする。そんなとこも飽きさせない工夫かと思います。

それだけじゃなくて、読者の期待を良い意味で裏切ってくれるサービス精神も紫式部先生は持ち合わせていらっしゃったようなんです。

例えば「夕顔」で光源氏と夕顔が廃墟デートしたときに、不気味さに怖がる夕顔に光源氏はこんな言葉をかけています。「どんな鬼もこの私たちを見過ごしてくれるでしょう」と。結果、確かに光源氏は物の怪を寄せ付けなかった。やったね! でも夕顔は死んじゃったけど。がびーん。

何かの加護を受けてるかのような光源氏だけど、けっこう身体は弱いらしいというギャップ。夕顔の死後の長患いもそうだし、今回もすぐには治らない。

光源氏が「なかなか落とせない女が好き」っていうのも、作品がおもしろくなるための条件として設定されたのかとも思えてきます。

光源氏を見てると「少年漫画みたい」と思うこともあります。遅れてきたセンスある天才。色好みというゲームで、センスとか洗脳といった特殊スキルを持って快進撃を続ける、という。

咄嗟に言うその場しのぎの出鱈目とかハッタリが凄いんです。ピンチをチャンスに変えるテクニックを、ハラハラしながら楽しむ読者もいたんじゃないでしょうか。


■2人の僧

最初に読んだときは、私は上手く区別が出来なくて混乱しました。

北山には多くの僧坊があります。光源氏たちが関わるのはそのなかの2人の僧です。

一方は、行者とか聖と書かれて、治療行為をしてくれるひと。他方は、小柴垣の庵に10歳の少女や彼女の後見たる尼君と住むひと。ここでは、前者を行者、後者を北山の僧都と呼ぶことにします。

何かの本で、この2人の僧が対比的に描かれている、と読んだような記憶があります。それが何だったのか確認できないし、確認できないから記憶違いなのかもしれません。

清貧的なイメージながらもハートフルな行者 vs リッチなおもてなしをしてくれるけどクールで感じ悪い北山の僧都。紫式部先生は、似て非なるものを描くことが多いようなので、今回はそんなアプローチもありかな、と思いつつ読み直しましたが、私の印象は少し違いました。

では、お付き合いください。

【行者】

まず、行者。光源氏の要請を却下する時点で高飛車な人物なのかもしれないと予測していました。そういうひとが光源氏と対面したら「私は世俗のことは興味ないし加持祈祷の行法も忘れたし」って言うんです。(え、このお方、感じ悪くない?) と思いつつ読み進めると、即座に「そう言いながら(感じよく)微笑む」とあるんですよ。

いったん下げて、しかるのちに上げる。そのまま書いたら何の印象もないことが、一度下げることで価値が出てくるっていう、よく知られた話術、これって平安時代には既に開発されていたのですね。

あと、ひとつ気になるのが、光源氏の好き嫌いが描写のされ方を決定してるんじゃないかってことです。敵じゃないと思われれば感じよく描かれるし、敵っぽければ悪し様に描かれる。

行者は、せっせと治療行為をしてくれるんです。光源氏のために、護摩符や願文を作って飲ませたり、加持祈祷をしたり、勤行をしたり。

夕方になっても熱が出なかったので帰ろうかと光源氏の家来は言うのですが、行者が引き留めました。「今夜は安静に。加持祈祷をしますからお帰りは明日に」と。

お別れの際には独鈷という煩悩を打ち破るといわれる法具を授けます。

【北山の僧都】

小柴垣の庵に尼君や10歳の少女=若紫と暮らしている。この庵は渡り廊下で繋がれてたり、庭に水を引いてあったりして高級な雰囲気があります。

美しい光源氏が上の行者のところにいるのを知って会いたくなった僧都は、光源氏に泊まりに来るようにと誘います。

それは光源氏が行者に「今夜は安静にしていなさい」と言われた晩なのですが、光源氏は行っちゃうんですよ。行者のとこにステイホームするのが望ましかったんじゃないかと思うんですけどね~。まあ、まずここで光源氏は疚しさ1ポイントでしょうね。

せっかく来てくれた光源氏に、北山の僧都は説教をしてあげます。有難いお話なのですが、藤壺への罪な恋心を思い出して自分の行く末が怖くなります。ここで疚しさ2ポイントめです。

若紫を引き取りたいと交渉しますが「交渉すべきは私ではないでしょう」とサラッとかわします。つまらなさも1ポイント入ります。

光源氏は、北山の僧都をちょっとイヤなヤツと思ったことでしょう。

別れの場面では行者に負けじと、明らかに数段立派な贈り物をします。

この僧都は何かを察知したのか、このタイミングで若紫お引き取りの件を尼君に働きかけたりします。そして進展なかったと光源氏にお伝えしたりします。

進展ないのに、わざわざお伝えするのって、何? 若紫に交渉材料としての長期に渡る利用価値を見出だしたのですか。病を治すほどの行者と比べても見劣りしないアピールをしたかったですか。

彼は、機を見るに敏、というタイプなのでしょうか。出世しそうなのは、こういうタイプかもしれませんね。よく知らないけど。


■物の怪の仕業なのかもしれない

行者が「今夜は安静にしているように」と光源氏に告げたのは、感染症だけじゃなくて「手強い物の怪」もありそうだから、ということだったんです。

でも光源氏は、北山の僧都のところへ出かけてしまった。天気も崩れてきて雨は降るし風は冷たくなって、病み上がりのひとにはよくなかったんです。

光源氏は、北山の僧都の説教を聞いて藤壺への恋という罪を思って出家したくなる。それなら藤壺によく似た若紫を、と思う。

この心情の推移は、病み上がりには向かない空模様のために体力レベルが低下したのにつけこんだ、物の怪の所為だったりするんじゃないのか。そんなふうな読みもできそうに思われました。

一見ただの貴族だけど実は高貴なる血筋で、恐ろしいまでの美貌。おまけに人間離れした各種才能を持っている。そんな男が物の怪に人生を支配される。ーーこうなるとダーク・ファンタジーですけど、そんなアレンジも読みたくなってしまいました。

それでは、本日もお付き合いくださり、ありがとうございました。また、お会いできますように。

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