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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記⑪ ~ふたりだけの静かなクランクイン

静かなクラインクイン

2018年1月。
いよいよ映画の撮影が始まりました。
普通、ドラマや映画が始まる時は
撮影安全や大ヒットを祈願して
スタッフ・出演者一同で神社にお参りしたり、
それぞれスピーチやご挨拶を披露したりと、
何かと大々的なセレモニーが
あったりするものですが…
本作のクランクインは
僕と大道さんだけのひっそりとしたものでした。

実に静かな静かな撮影スタートだったのです。
それはこんな風に始まりました。

「さてと、岩間さん。どこに行きましょうかね」

代々木の大道さんの事務所で
タバコの煙をくゆらせながら
大道さんが僕にそう言いました。

あ、いえ、どこでも構いません。
大道さんがスナップしたいところに
僕が後ろから付いていきます。

「あ、そうですか。
どこ行こうかな。
えと、じゃ…
まず手始めに中野あたりに行きましょうか。
いいですか、中野でも」

いいも悪いもないです。
行きましょう、中野、行きましょう!

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中野・昭和新町商店街

代々木から車で中野まで行き、
駅北側で降りました。
商店街の入り口です。
その名も、昭和新道商店街。
名前が示す通り、250メートルほどの商店街には
昭和ノスタルジックなスナックやバー、
大衆居酒屋や歌声喫茶などが
所狭しと並んでいて、
とても現代の街角とは思えません。
そこだけ昭和のまま時間が止まって
21世紀に突入してしまったかのような
不思議な街並みが続いています。

「じゃ、ま、適当に始めますから」

大道さんはそう言うと、
ポケットから小さな小さな
コンパクトデジタルカメラを取りだし、
商店街入り口のタバコ屋の
「マールボロ」の看板をパッパツと
2カット撮ったのでした。

おっと、もう始まってる。
よかった、これ撮り逃さなくて…。
よし、ビデオカメラ回ってるな。

「カメラなんて写れば何でもいい」という
大道さんの言葉を真に受けて、
僕が量販店で購入したカメラは、
SONYの4Kハンディカムです。
運動会や学芸会の撮影でよく見かける
そういうタイプのものです。
それに外付けマイクを装着して
音声も同時に拾います。

大道さんはそのまま商店街の中に
ズンズン進んで行き、
商店街の上の方に並ぶ提灯群を見上げ、
1カット、サッとスナップします。
僕は、あわてて腰をかがめ
大道さんの足元から
その姿をローアングルで撮影します。
次の瞬間、大道さんは、
そっけなくその場を立ち去り、
そしてまたズンズン商店街の
奥に奥にと入っていきます。

大道さんがスナップする。
それを追いかけて僕がビデオカメラを回す。
大道さんが立ち止まる。
僕も立ち止まる。
大道さんが歩きだす。
僕も歩きだす。

こんな風にしてこの映画は
静かにクランクインしたのでした。
特別なことなど何一つない
何でもない日常として撮影は始まりました。

しかし、僕は内心
猛烈に感動していたのでした。

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まるで自分自身がタイムスリップ

同じだ。
このスナップの佇まい、仕草、眼差し…
20数年ぶりに目の当たりにする
大道さんのそれらは、
四半世紀近い時間を隔てても
まったく変わっていませんでした。

大道さんが歩いてパッと撮って、
立ち止まってパッと撮って、
また歩きだしてパッと撮る。
いつのまにか街そのものと
呼吸を合わせるようにして撮り歩くその姿。

猟犬のように
感覚を研ぎ澄まして
撮るその眼差し。
あるいは、虫のように
地面を這うようにして
撮るその動き。

1995年に僕が目撃したのとまったく同じだ。

僕自身がタイムスリップしてしまったのか。
そう思うほど、
今の大道さんのスナップ姿は
四半世紀前と
まったく変わっていなかったのです。

そして大道さんを追いかけて
カメラを回す僕のありようもまた同じです。

僕はビデオカメラを回しながら、
時間感覚がなくなっていくような
不思議な気分に陥っていったのでした。

あれ?今、いつだ?

20数年の時間が溶解していきます。


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