映画『ラストマイル』を観て。~人の膨れ上がった物欲は一体、どこへ向かうのか?~

はじめに

 8月25日。世間で話題となっている脚本家、野木亜紀子さんが手掛けた『ラストマイル』を観た。私はこの作品を観終わった時、今まで観てきた数少ない邦画作品の中で、最も感情移入をし、人生で最も心を打たれた作品と感じた。まだ私は30年とちょっとしか生きていないが、早くも私の「邦画のマスターピース」とも呼べる作品と出会ってしまった。
そして、本作品が物流業界から必ず転職をする、してみせると決意させてくれた作品でもある。何故そう思ったのかを、この文章にて語りたい。

物流の2024年問題とは?


 まずその前に、この作品を観る前に背景の説明をしようと思う。世間では物流の2024年問題というものをご存知だろうか。この問題が始まり、もうすぐ半年が過ぎようとしている。始まる前から度々ニュース番組で報道され、話題になったとも言えるであろう。そもそも物流の2024年問題とは何か。それは、2024年4月から一般貨物自動車運送業、つまりトラックや軽貨物自動車に乗車し、物を運ぶトラックドライバーの年間時間外労働時間の上限が960時間になったことである。
 つまり緑ナンバーを背負って世間の道を走っているトラックドライバーは月80時間、日あたり2.6時間までの時間外労働までしかできなくなったことによって、日本国内における輸送量の下落に端を発した日本の物流危機を表した問題である。もし、これが改善されないままだと仮定すると6年後には日本の不足する輸送能力の割合が3割強、不足する営業用トラック(緑ナンバー)の輸送トン数が9.4億トン、これを日本の道を走るそれぞれの主要な車格のトラックの最大積載量で割り、それぞれの台数に換算してみる。大型トラックは最大積載量13トン、中型トラックは2.5トン、軽貨物自動車(軽自動車)は0.3トンと仮定する。
 まず大型トラック。これは約7,230万台。次に中型トラック。こちらは約3.7億台。そして最後にECサイトで注文をし、皆さんが生活している道路の脇に路上駐車をよくしている軽貨物自動車。こちらに至っては約31億台分が輸送できなくなってしまうとされている。もちろん、すべての荷物がそれぞれのトラックで運ぶことができるとは到底私も思っていない。最大積載量が0.3トンしかないトラックに10トンの荷物はもちろん載せられないのだから。私も、今まで不足する輸送能力の割合が3割もさがるなんて…と物流業界を担っている、いち人間として漠然と考えていたがこれを改めて細かく細分化していくと、途方もない数字に恐怖しか覚えない。(計算が間違っていたらこのアホが!と笑って下さい)

本作品のテーマとは?

 さて、ここまで長々と物流業界の背景を説明しようとしたところで、本題に入ろう。まず結論から言うと、私が感じたこの作品のテーマとは、「人の膨れ上がった物欲は一体、どこへ向かうのか?」と考えている。
作中、こういった言葉が何度も出てくる。「#あなたの欲しいものは?」「What do you want?」これらの言葉は、今の大量生産・大量消費社会にある意味で痛烈に刺さる言葉である。人類というものは、古代に稲作や麦作が始まった瞬間から、人と人との間に「貧富」が誕生し、そして同時に「争い」というものも産まれてしまった。これは人類が持ってしまったエゴが増長しエゴとエゴが衝突した結果、発生したものとも言えよう。つまり、人類は「物」に縛られ続ける限り、物欲からは逃れられない宿命だからである。
 ここで唐突ではあるが、あなたは物を購入する時、どうやって物を購入するだろうか。人によっては効率を徹底的に求め、インターネットを通じ大手通販会社から水や食べ物、日用品などありとあらゆる物を買い、置き配を選択する人もいれば、置き配は怖いから必ず商品が届くまで部屋にいる人。全く何も考えずにただ物を注文して用事があるからと外出をし、不在届を見てクレームを言う、もしくはカスタマーセンターに問い合わせる人。最後の場合は配達員がきちんとチャイムを押してない、そもそも不在確認もしていない配達員に瑕疵がある場合である。これは関しては明らかに配達員が悪いので、問い合わせても問題はないだろう。
 一方で、上記のような人の手が介在した物を買うことを嫌い、車や電車、自転車を使い自分の手足でスーパーやホームセンター、ドラッグストアで物を買う人もいるだろう。そこには「自らの可処分時間」「燃料」「自身の体力」というものを消費するかしないか、または個々人にとって「時間」なのか「お金」なのか、はたまた「価値観」か、何を重視しているかという違いもある。
 また、現代社会ではSNSを通じた「バズ」といういわゆる刹那的なブームによって物が生産され、流通し、そして消費される。消費社会に産まれ、生きている私達にとってそれは当たり前のように繰り返され、そして消えていく見えないモノである。
 かくいう私も「あれが欲しい、これが欲しい」と思う物や、「この商品を買いたい」と思った時はよくある。ECサイトを使って商品も購入することもある。ただ、物流業界に属している私が課しているたった一つのルールがある。それは、「ECサイトの特売セール期間にはなるべく物を買わないようにする」ことである。ずいぶん陳腐に思えるルールだと思う方もいるが、それはこの作品を通してECサイトを運営する企業の物流センターでこの文章を書いている瞬間も働いている人、そして自らが注文し買った物を最後まで自宅に届けてくれるトラックドライバーのことを思ってのことである。

まとめ

 この作品は、脚本家である野木亜紀子さんが「物流」という、数多の業界の中ではどうしても下に見られがちな業界で働いている私も含めた、ひとびとへのリスペクトも込めて作られた作品であると共に、「再現のない人の物欲がたどり着く先の結果は一体どうなってしまうのか」という警鐘を鳴らした作品とも考えられる。ネタバレになってしまうので多くは語らないが、内容としては劇中で起こる事件は再現性が非常に高い作品であると考えられる。物流業界に携わる人は必見の邦画だと思われるが、消費者側のあなたにも観てもらい、ECサイトで物を購入する際、「それは今本当に必要なものなのか」と自分の胸に手を当てて考えてみて欲しい。一人一人が物流の2024年問題を少しでも考えてくれれば今よりマシになるのではないかと希望的な観測を持ちたい。
 ただぶっちゃけると、日本の物流はおそらく一度ダメになって、日本国民全員がようやく今置かれている状況がいかに恵まれているかを思い知る時が来るだろう。また、その頃には作中で起こったことが更にもっと酷いことになって事態が表面化するだろう。どちらかというとペシミストな私はいつその時が来るか、ほくそ笑みながら人類の技術進歩が先か、日本国民の目が覚めるのが先か、あるいはこのまま何もせず何も考えず日本国民は日々を生きていくのかを生きてこの目で確かめていきたい。もちろん、物流業界からオサラバした転職先の業界、新しい職場で。

今、自分の置かれている境遇で悩んでいる人へ

 あと最後、本当にこれだけは言いたい。皆さん、ハラスメントを少しでも受けていると感じたら、すぐにその場から離れるかハラスメントしている人からは逃げましょう。家族でも友人でも、SNSでつながっている人に相談したっていい。あなたの命はたった1回きりなのだから。とにかく1人で抱え込まないようにしましょう。うつ病や適応障害はきっかけさえあれば誰にだって起こり得るものなのだから。本作品のエンディングテーマを歌唱した米津さんもこう歌っている。「例えばあなたがずっと壊れていても 二度と戻りはしなくても 構わないから 僕のそばで生きていてよ」

このフレーズに、少なくとも私は救われた気がした。
皆さんも米津玄師の『がらくた』を聴こう。特に今つらい状況に置かれているあなた。米津さん、間違いなくこの作品のシナリオを読んだ上で作詞をしているはず。そうじゃないとこの歌詞は出てこない。きっと。めいびー。





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