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言葉にすることで失った、本当に大切なもの

波動調整®セッション会に続いて、波動調整®復習会も主催するようになり、数ヵ月。

まだまだ不慣れで試行錯誤の連続ですが、少し気にかかることがあります。



参加したからには必ず何がしかの気付きを得て、アウトプットしなければいけない。

そう思っているように見受けられる方が、時々いらっしゃるのです。

すぐに答えが欲しくて焦っているのかな。

初めはそう考えていましたが

ひょっとして

参加して良かった旨を主催者にアピールしないとマズいことになる

的な強迫観念に突き動かされているのでは!?

と思い至りました。



もしそうだとしたら非常にもったいない。

参加したけどモヤモヤしたままだったり、参加して返ってモヤモヤしたのなら、それもギフトですし、正直にそう伝えていただいて大丈夫です。

でも無意識だから自覚できないんですよね。



せっかく姿を現しても、学校の先生に

「分かりましたか?」

(=もう次に進みますけど大丈夫ですよね?)

と訊かれたときのように条件反射で「はい」と答えて、慌ててゴミ箱に捨ててしまったモヤモヤが、一体いくつあるでしょうか。




私は美術館で絵を鑑賞するのが好きで、あそこは

モヤモヤはモヤモヤのままで良い

という意味において安心できる空間です。

だから解説は読みませんし、イヤホンガイドも聞きません。

単眼鏡で細部に目を凝らしたりもしません。

作者と共振しているだけ。

心に湧いてきた、まだ言葉にならない「それ」と一緒にいられる、満ち足りた時間です。



先日個人セッションを受けてくださった方の箱庭を見たとき、同じような感動を覚えました。

箱庭療法をまったく知らなかったので楽しみにして参りました。

最初に波動調整を受け、リラックスした状態で集中して取り組めました。

最初はバランス良くオブジェを配置しよう、枯山水のように砂に模様をつけよう、などとキレイに作ろうとばかりやっていましたが、やっていくうちに全然違うふうに置きたくなり、途中でガラリと変えました。

出来上がった箱庭を眺めていたら、箱庭の中心にあるのが、そう意図して作ったわけではないのに、今の私の悩んでいる状態に見えてきました。

この箱庭の中心にいて、離れた場所から見つめ合う2人のシナリオは今後どうなっていくのだろう?私はどうしたいのだろう?と考えていると切なくなりました。

そのうち、真上からや反対側から、と見る角度を変えていたら、水平ドラマを俯瞰して見ているような感覚になってきました。

答えが出たわけではありませんが、客観的に見ることによって、自分を見つめ直すきっかけになった気がします。

また、賑やかで豊かな箱庭になったことで、ずっと寂しいと思ってきたけれど、私はたくさんのいろんな存在に囲まれているな〜、と思え、ふだん「無い無い」と不足ばかり感じているけど、私にはすでに何でもあるのかもな、となんとなく思えました。

ちーちゃん、ずっと近くで見守ってくれて、また箱庭が完成したあとも私の気持ちに寄り添ってくれてありがとう。

例え家に箱庭セットがあったとしても、ひとりではできない体験だったと思います。

午後に参加したセッション会もこれまでにないぐらいリラックスできて、とても素敵な1日になりました。

セッション前は重苦しいエネルギーで愁訴されましたが、箱庭を作り始めると、こちらにもはっきり感じ取れるほど “無” になられました。

そして出来上がった箱庭を眺めながら、ご自身の切なさを静かに、訥々と、語られました。

どうしてだか、ジョルジュ・ルオーの宗教画を思い起こさせる、美しい箱庭でした。



私たちには、こういう体験が絶対的に足りない、と感じます。

じゃぁ自分も絵筆を持てば心象風景が描けるのかというと、そう簡単にはいきません。

確たる技術を通して魂が表現されるから、人々の胸を打つアートになるのです。

その点、箱庭療法は、子供向けの遊戯セラピーが始まりなので、誰でも簡単に取り組めます。

生みの親であるイギリス人小児科医・ローエンフェルトは

子供の心は大人と違い、思考、感情、感覚、観念、記憶がすべて不可解なほど絡み合っているため、これを十分表現させるには、視覚に加えて触覚の要素をあわせ持った技法が必要

と、この療法に辿り着いた理由を述べています。

しかしこれは私たちにも十分当てはまる状況であり、返って大人の方が事態を拗らせているように思えてなりません。



感情的に大きな負荷がかかって、心の中を紙に書き出していても、自分が作り出す意味に、まんまとはぐらかされているような、ひらりと躱されているような、そんな感覚に襲われることがあります。

受講生のシェアを聴いているときも然りです。



無理矢理言葉にすることで

指の間から

本当に大切なものが

こぼれ落ちてしまったんじゃないだろうか?




言語化される前の

まだ形の無い「それ」を

丸ごとすくい上げて目の前に並べるには

どうしたら良いのか?




その答えが箱庭療法だった。

というより、箱庭療法との出会いが、そう思っていた自分との出会いだったのでしょう。



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