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いつも恋愛がうまく行かない話をノンバイナリーという文脈で読解してみようか
こんにちは。ノンバイナリーやらXジェンダーやらでクエスチョニングとなって2ヶ月位経ったアラサーです。
今回はとにかく恋愛が上手く行かなかった話。過去の恋愛を「ノンバイナリーだから」という視点で読み解いていきます。(Xジェンダーだから、でもいける)
私がいう「恋愛がうまく行かない」は2つの要素で構築されています。
①好きな人に対して「どう振る舞って良いのかわからない」
②「とても深く深く傷つきすぎる」。それはもう、生命に関わるほどに。
「みんなそんなもんだよ~~」と言われる、あるあるだとは思います。
しかし私は度が過ぎるという自覚がありました。「自分は大げさなのか」と責めていましたが、ノンバイナリー/Xジェンダーの文脈で読み解くと「そりゃ無理よ」と腑に落ちちゃった。あくまで個人の感想です!
まず1つ目は、好きな人に対して「どう振る舞っていいのかわからない」。
どれくらい度がすぎるかというと、わからなすぎて硬直することもしばしば。もうパニックよ。周りが気を使うレベルで何もできなくなる。
「女の子として意識されなきゃ!」っていうのがあったんだと思います。
でもさ、ノンバイナリーだから「女の子」がそもそもわからんわけ。それなのに「男性がついつい意識しちゃうような女の子」なんて、もう無理です!!!!!!無理だったんですよーーーー!!!!
脳内パニック。ショート。
で、結局持論の女の子を演じてしまうんですが、「女の子」からも離れてるし「本来の自分」からも離れてる。誰。乙……
でもよく頑張った。よしよし。(と言ってくれる人と出会うことを激しく所望する!人生という名のジャーニー)
そして2つ目は「とても深く深く傷ついてしまう」こと。時々生命に関わるくらい傷ついてしまうのです。(要するに鬱・摂食障害)
人間関係ですから、思うようにいかないことなんて想定内。でも「恋愛対象として見れない」といわれると「人生/人格などもろもろひっくるめて全否定」されたような気分。そこに例えば「友達としては最高」などのフォローがあったとしても、全否定された気分だけが心に残って傷つき続ける。暮らしが崩れていく。
当時の私、ノンバイナリーだから「女の子として見られてない」がわかんなかったんだと思うんですよ。
相手には「女の子として見る/見ない」的な判断があったんだと思います。
私の中にはそういったものがない。「人としてアリ・ナシ」の区分しかなくて、相手の気持ちを想像できなかった。私の想像力の欠如の問題だと結論づけられる。相手は私みたいに人を人として見てないのかもしれないと、想像することで今は傷が軽くなってきました。
「人としてアリ・ナシ」で生きてきた私にも、パートナーがいる時があります。時々。奇跡と感じる。マジ感謝。とてもありがとう。
しかし、パートナーの一挙一投足が「人としてアリ・ナシ」ジャッジを下してると錯覚してしまう。傷つきすぎてしまう副産物かな、「傷つくことをひどく恐れてしまう」ことが多すぎました。
恐れすぎて「離れないで/置いてかないで/行かないで」が表面化しすぎる。だんだんと相手への依存や執着に変化して「重い」と逃げられてしまう。
でもよく頑張った。よしよし。(と言ってくれる人が都合よく現れることはないと察したので自分で自分を慰めるアダルトチルドレンのアラサー)
はい、というわけです。
自認していないノンバイナリーにとって、「男女」を意識する日本の恋愛はムズカシスギタヨーという気持ちを言葉にしてみました。
恋愛すると無理や我慢をしてしまう自分がいました。「人を好きになったと自覚があって素敵な気持ちがたしかにあるのに、何で無理や我慢の気持ちがあるんだろう」とずっと不思議でしたが、ノンバイナリーという文脈で謎が解けるわ解けるわ。
高校の時に彼氏に付き合った翌日から8ヶ月間無視され続けたり、5年付き合った彼氏にLINEでふられたり、彼氏にマッチングアプリで次探せとバカにされた挙げ句失踪されたり、傷ついて傷ついて傷ついたけど生き残った甲斐があった。
謎は解けたぜ、、、じっちゃんの名にかけて……
ありのままの私と仲良くしてくれる眼の前の人をしっかり大切にする人生の始まりだなあ~~
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